史上最強の男(5)
二度目の核爆発は勿論、全世界の関係機関が察知していた。それはたまたま東郷美千代の都市の破壊宣言の予告時間に近かったので、遂に当局もサンドシティの屋内格闘場の爆発が、核爆発である事を認める発表をした。
更につい今しがたの爆発も核による事を認めたのである。ただしあくまでも定時のニュースとして流した。その為か大都市から逃げ出す者は発表以前の十倍程には達した。
しかし多くの者は依然として半信半疑で、まだパニックには至っていなかったが、交通機関は徐々に混雑し始めていた。
東郷美千代は実際にはまだ核爆弾のスイッチのある家屋には達していなかった。夢限の予想以上に彼女は疲労困憊し、横になって休養しながら、うとうとしていたのである。二人の話し声と足音で目を覚まし、慌てふためいて小屋から逃げ出したのだった。
彼女にとって大いに幸いしたのは夜の闇だった。小屋の中は明るく、暗い地下通路を通って来た彼等には窓の外の彼女の姿が見えなかったのである。その上、もうとっくに小屋を出ているという先入観にも彼女は救われた。
美千代の歩みは本当に遅く、小屋からスイッチのある家屋までの半分位の所にまだいたのである。しかし追い駆ける方の二人にも色々な災いが降掛って来て、なかなか追いつけなかった。
「あの、今思い付いたんですけど、もうケータイを使っても良いでしょう? 浜岡は死んだんだし」
「そうだな、もし応援が来てくれればそれに越した事は無い。しかし上手く行くかな?」
「えっ? どうして?」
「あの浜岡がそこいら辺りに抜かりがあるとは思えなくてね。でも駄目元でやってみれば良い」
「うん。……はーっ、駄目だわ。全然通じない。やっぱり夢限の言う通りだったわ」
リカの言葉を聞いて、逆に夢限には閃いた。
「そうか! 譲治さんがどうして浜岡と連絡が取れたのか不思議だったんだけど、今、大体分かったよ」
「そう言われてみればそうねえ。どうして浜岡と連絡が取れたのかしら?」
「多分何処と通話しようとしても、浜岡の所に繋がる様になっていたんじゃないのかな?」
「ああ、きっとそうよね。とすれば途中でケータイを使わない様にしたのは、百パーセント正解だった訳ね」
「そういうことになるね。ああ、い、痛い!」
夢限の足の状態は更に悪くなっていた。我慢に我慢を重ねて来た付けが回って来たようである。
「だ、大丈夫?」
リカは心配そうに立ち止まって夢限の様子を見た。
「はははは、こりゃ参ったな。こんな大事な時に足がガタガタじゃ、笑い話だよな。とてもヒーローどころじゃない」
「ヒーロー?」
「あっ、いや、冗談だよ。……あれ? 三百メートル位先に動く物が見えるぞ。何だろう?」
「動くもの? 何処に?」
「ほら、核爆弾のスイッチ屋敷の二百メートル位手前だよ。黒い物が動いている。あれ? あれは人だ!」
「と、東郷美千代だわ! まだあんな所に居たんだ!」
「く、くそう、この足じゃ走れない! ウグググッ!」
夢限は悔しかったが、どうにもならないのだ。勿論早足で走り出しはしたが、本来の彼のスピードの三分の一にもならなかった。
暫くリカは彼に合わせていたが、
「わ、私に任せて! 私だって格闘家よ。……気絶させれば良いわね」
夢限に確認を取ってから、猛然と走り出した。
「気をつけろよ! 拳銃位は持っているかも知れないぞ!」
「承知しているわ。そういう訓練も随分積んでいるから大丈夫よ」
「絶対に無理するなよ!」
「ふふふふっ! ヒロインの座は貰ったわよ!」
リカは美千代めがけて真直線に走って行った。遅ればせながら夢限も後を追った。
「ボムッ! ボムッ! ボムッ!」
拳銃らしかったが変った音だった。美千代は黒っぽい服装。リカは白っぽい服装。反射神経良くリカは相手の攻撃をかわして行く。
「ボムッ! ボムッ! ボムッ!」
銃声とはかなり違う六発の発射音。黒と白との距離が徐々に詰まって行く。
「ボムッ!」
七発目で白が倒れた。
「アアーーーッ! リ、リカ!」
二人までの距離が百メートルほどある。足を引き摺りながら、夢限は懸命に走った。信じたくなかった。しかし段々近くに寄って見ると、胸から大量に血を噴出して倒れていたのはリカに間違いなかった。美千代はリカを倒したあと直ぐに屋敷に向かって走り出していた。
「リ、リカ!」
「ム、ムゲン……」
「リカ!」
リカは一言夢限の名を言ったきり失神してしまった。今直ぐ手当てをすれば助かるのかも知れない。しかし何も出来ない。救急車を呼ぶ事さえ出来ないのだ。
それならばせめてここでリカを抱きしめてやりたかった。だが、これ以上躊躇はしていられない。夢限は断腸の思いで美千代の後を追った。