史上最強の男(4)
「ふーっ、やれやれ、それじゃあ、そろそろ行きましょう。ああ、栓抜きは持っていこう。この柄は割りと細いから、もしかしてガードロボットがまた出て来たら役に立ちそうだ。ん? 地震かな? あれ? 変な音がする」
その振動と音とは地下の人質のいた長屋の辺りに仕掛けられた、核爆弾の炸裂によるものだったのである。
「爆風が来る! 逃げろっ!」
夢限は飛び跳ねる様な感じでドアを開け外に飛び出した。リカもそれに続く。小屋を飛び出して七、八歩も走らないうちに、
「ドオオオーーーーーンッ!」
爆風が小屋ごと吹き飛ばして二人を襲った。二人とも十数メートルほど吹き飛ばされて失神した。頑強な隠し扉と二千メートルの距離によって爆風は相当減衰していたが、他に抜け道の無い一本道の通路だったので、比較的柔い作りの小屋はひとたまりも無かったのである。
人質になっていた者のうち、最後に逃げたミランダ婦人は苦痛が無かったという点では幸せだったろう。音速を遥かに超える爆風は彼女の体を一瞬の内に木っ端微塵に粉砕した。
痛みすら感じる暇が無かったし、核爆発による熱風はごく短い時間だったが百万度に達する超高温になり、骨の欠片さえも残さなかった。
二番目に逃げ出したロレーヌ国王夫妻はやや減衰した爆風によって全身打撲で失神したが、崩れて来た岩石などの下敷きになって絶命した。彼等は痛みは少しばかり感じたかも知れないが、そう長いものではなかったろう。
最初に逃げたイージー氏は一旦は食糧貯蔵庫に逃げ込んだのだが、余りに寒くて再びそこを出てひたすら出口目指して走った。
そのお陰で彼は爆風に少しは飛ばされたが致命的な怪我は負わなかった。しかし、れいの階段状になったタワーを降りる途中で、真っ暗闇であったこともあって、足を滑らせて落下し死の灰の降り積もった地下の空洞の床に激突した。右足の骨と背骨を折って動けなくなった。
それから三日後にイージー氏は大量の放射線を浴びた事による、多臓器不全症によって死亡した。苦しみ喘ぎながらの哀れな最後であった。
サンドシティ北部の砂漠の荒地の中、夢限とリカは数分間気絶していた。殆ど同じ位に目を覚ました。二人の側には小屋の中にあったサイダーのビンや奴凧の破片、独楽やそれを回す紐、その他様々な物が飛び散っていた。
ぞっとしたのは冷蔵庫も近くまで飛んで来ていた事である。ぶつかっていたら骨折は免れなかっただろう。
「うううっ、痛たたたた、リカさ、いや、リカ大丈夫か?」
自分より少し先の方に倒れているリカに夢限は声を掛けた。
「痛い! ああ、でも大丈夫よ。今のは何だったの? まだ爆破までかなり時間があった筈なのに」
「良くは分からないけど、人質がドアを開けたからじゃないのかな」
「ああ、成る程ね。そんな事を言っていたわね、鍵を開けると爆発するとか何とか」
「うん。だけど、歩けるか?」
「大丈夫。大したことは無いわ。ああ、でも、夢限の靴の所が……」
「靴の所? こりゃあ参ったな、ガラスの破片が刺さっていて、バンドが殆ど切れている。でもこのバンドのお陰で、足に刺さらずに済んだんだな」
「不幸中の幸いだけど、困ったわね。あら? 独楽を回す紐が落ちているわね。バンドの代わりにならないかしら?」
「いや、今度は俺の道着の帯を使ってみるよ。……うーん、イマイチだが無いよりは良いだろう」
夢限は帯の代わりに独楽用の紐を使い、右足首には自分の道着の帯を使った。しかし帯にはバックルが付いていないので、締め付けは甘かった。
そうこうしている内に辺りは薄っすらと明るくなって来ていた。周囲の状況が段々分かって来る。小屋から出て左手にずうっと先の方に向かって金網の塀が続いていた。
上の方が有刺鉄線になっていて、しかもその外側にも同様の金網の塀があり、やはり上の方が有刺鉄線になっている。
塀と塀の間には地面の上に有刺鉄線がらせん状に敷いてある。これではおいそれと塀を越えられない。右手の方を見ると左側よりは大分離れているが、やはり同じ様な二重の金網の塀が平行に続いていて、その先に縦に細長い建物があった。
「あれが核爆弾のスイッチのある、廊下みたいな家だな。手前がドアになっているらしい。遠くてはっきり分からないけどね」
「もうあそこに東郷美千代は入ったのかしら? もしそうだとするととても間に合わないわね」
「うん、だけどやれるだけはやってみよう。それじゃあ、行こう!」
「はい!」
二人とも爆風にやられて全身がかなり痛かったのだが、一つでも二つでも都市の破壊を阻止する為に再び歩き始めたのである。