史上最強の男(2)
地下の通路を歩きながら夢限はリカと色々な話をした。黙って歩いていると責任のプレッシャーに押し潰されそうだった。
「リカはもう一人のリカのことが分かるのか? 彼女の方は君の事を知らないみたいだけど」
「ああ、彼女のことは良く分かる。夢限の前では弱々しいお嬢様になってしまうんだ。だけどそれが本物じゃないぞ。他の人の前では、毅然としているんだよ。要するに猫を被っているんだ。その点、アタシは裏表が無いぞ!」
「その、彼女は君を知らないんだよね」
「うん、あいつが眠ってからじゃないと、アタシは出て来れないんだよ。でもアタシは何時も起きている。本当に眠った時以外はね」
「ふうん、そういうものなんだ。多重人格と言われて不愉快か? 嫌なら止めるけど」
「全然。アタシはあいつみたいに華奢じゃないんだよ。でもあいつに感謝したい時もある。四六時中出ているのは疲れるんだ。うんと疲れてくるとあいつに切り替わるのさ。まあ、持ちつ持たれつってとこかな」
「成る程、そんなものか……」
「ところでさ、あの、ええと、アタシが好きか?」
『やっぱりそっちの話になったか』
そろそろ来そうだと夢限は思っていたが、
「友人としては好きだが、それ以上はちょっと……」
と、かわした。
相手が気丈な方のリカではその程度ではかわし切れないかも知れない、と思っていると、
「でも、抱きたいだろう? 正直に言ってくれよ」
痛い所を突いて来る。今は埃にまみれてかなり汚れてはいるが、ずっと以前にネグリジェ姿の美しい彼女を見た事があるので、何の興味も無いと言えば嘘になる。
「確かに、抱きたい。しかし今はそれ所じゃない」
「やった! 本当は抱きたいんだ!」
興奮気味にリカは叫んだ。
「おいおい、そんなに大きな声を出すなよ」
夢限は正直に言った事をちょっと後悔した。今は一分一秒を争っている。それに美穂やナンシーの事がある。リカを抱く事は事実上あり得ないのだ。
「私を抱きたいと言うのは、本当なんですね!」
「えっ! リ、リカさん?」
上り坂の地下通路を早足で歩きながら何時の間にか、お嬢さんのリカに替わっていた。
『だけど、もう一人のリカの話と何だか少し違うぞ。それに何処と無く元のリカさんとも違う気がする。何なんだ?』
この重大な局面に新たな難題が降り掛って来た様だった。
「リカさんだなんて他人行儀過ぎるわ。リカって呼び捨てにして、良いでしょう夢限!」
『何が何だかさっぱり分からないな。こいつは一体誰なんだ?』
夢限は混乱した。しかしのんびり考えている余裕は無い。一応返事はしておくことにした。
「ああ、構わないけど、もう一度聞くけど君は、いや、リカは多重人格だって事知ってるよね?」
「ふふふ、勿論よ。でももう、うじうじしたリカや、男っぽいリカは消えたのよ。貴方の一言でね」
「俺の一言?」
「ええ、私を抱きたいって言ってくれたでしょう?」
「ま、まあね」
「それでね、お願いがあるの」
「お願い?」
「うん、私を貴方の愛人にして!」
「え、そ、それは……」
「夢限とナンシー先生が関係あるらしいことは知ってるわ。お似合いだとも思う。でもどうしても私は夢限の事を諦められないのよ。貴方と戦って惨敗してからずっと貴方の事を思い続けていた。それでそのうちに私の心は二つに分れちゃったのよ」
「その頃からそうだったのか!」
ちょっと驚いた。
「ええ。男勝りの私は最初はほんの少ししか出番は無かったんだけど、実際に貴方と行動してからは頻繁に出て来れる様になったの。
でも本当の私じゃないわ。夢限に愛される可能性があるって分かった瞬間、二人の偽者が消えて本物の私が生まれたという訳なのよ」
「成る程、大体の所は分かった。しかし、今はリカの要求に応えられる状況じゃない。俺達の命さえ危ういんだ」
「分かってるわ。これが片付いたら、私を抱いて下さい。……イエスと言って欲しい」
「……悪いが返事は保留だ。随分世話になっていながら申し訳ないのだけど、少し考える時間をくれ」
「……了解しました。辛いけど、でももう負けません。何があっても貴方を愛し続けます。今はあの女を倒すことが先決ですよね」
「分かってくれて有難う。もう入り口の扉が見えて来たぞ」
「東郷美千代は何処まで行っているかしらね」
「チラッと見た感じでは余り筋力がありそうに見えなかった。ここの坂は相当にきついから常識的に考えれば、まだ近くにいると思うけどね」
期待を込めて言った。