恐怖の賭け(38)
「夢限さん、何ですか?」
「鍵に余り触らない方がいい。特殊な仕掛けがあるようだ」
「そ、そうなんですか? 誰に聞いたんですか?」
「向こうの部屋に説明書があったんだ。迂闊に開けると爆発するそうだ」
夢限はとっさに嘘を付いた。浜岡の名前を出すのは不味いと思った。
「ええっ! 爆発するんですか?」
「ああ、その様だ。もし話が出来るんだったら、その事を伝えてくれないか」
「はい、何とかやってみます」
リカはジェスチャーも交えながら国王夫妻に伝えた。
「オオーーーーッ!」
理解したらしく身も世も無い位に驚き悲しんだ。
「リカさん、他の人達にも伝えてくれないか。人質達は互いに話が出来ない様に、ばらばらに監禁されている。言葉は余り上手く伝わらないかも知れないが、ジェスチャーで何とかなると思うから」
「はい、やってみます。あのう、夢限さんは?」
「俺は説明書の続きを見て来るよ。極めて重要な事が書いてある様なんだ」
「うん、分かった。じゃあまた後で」
リカは二つ離れた部屋に向かった。そこにはミランダ婦人がいる。夢限は再びモニター画面の前に座った。
「首尾は良いかね?」
「ああ、大丈夫だ」
「念を押しておくが、人質を助ける方法は無い。最初から助ける積りが無いのだ。分かるだろう?」
「良く分かった。他に何か言う事は無いのか?」
「次はお待ちかねのここの脱出方法だ。先ず目の前にある赤いボタンを押す。そうすると隠し扉が開く。扉は十秒間だけ開いている。
その間に抜け出さないと出られなくなる。チャンスは一度だけだ。繰り返して言うがチャンスは一回限りだ。他に方法は一切無いから心してやって貰いたい」
「了解した。それで、その先はどうなっている?」
「二千メートル程の長い上り坂になっている。ここに来た時とは比べ物にならないほどの急な坂だ。それでも通路は奇麗に整備されているので割合短時間で登れるだろう。
登り切った所が小屋になっている。一時間以内に小屋に到達して、そこから更に百メートル位離れれば、先ずは安全だろう」
「ん? それはどういう事だ?」
「赤いボタンを押してから一時間ジャストで長屋が爆発するという事だ」
「な、何だって。それじゃあ、ここを脱出するという事は、彼等を殺すという事になるぞ!」
何か騙された様な気分だった。
「ふふふふ、お前にも汚れて貰う。それから断っておくが何もしなくてもあと一時間で秒読みが始まる。ただし、その秒読みの前に赤いボタンを押さないと、抜け出すことは出来ないからな!」
「くそう、何処まで卑怯なんだ!」
「がっくり来ている暇は無いぞ! これから言う事が最も重要な事だ。良く聞いてから最後の決断をすれば良い。さあ、どうする? 聞くのか、聞かないのか!」
夢限は精神的なショックをかなり受けていたが、それでも気力を振り絞って言った。
「話を聞く。……話してくれ」
「そう来なくてはな。最後は当然東郷美千代のことだ」
夢限は嫌な予感がしてならなかった。
『ああ、今までの事が皆夢であってくれればいい!』
さすがの夢限もこれから聞かされるであろう恐ろしい話の前に逃げ出したくなった。出来れば聞きたくなかった。しかし他に誰も聞く者がいないのだ。
『俺しか聞く者はいないのだよな。聞かずに赤いボタンを押して逃げてしまおうか? しかしリカさんはどうする? 駄目だ、彼女を見殺しには出来ない! 止むを得ない聞くだけ聞こう』
「どうした? 少し迷いがある様に見えたが?」
「少し疲れただけだ。構わないから話してくれ」
「ふふふ、怖気づいたと思ったが、そうか、疲れたか。まあ無理も無いだろう。しかし聞いて置いた方が良いと思うぞ。お前をこれからヒーローにしてやるのだからな。正確に言えば、上手く行けばヒーローになれるという話だ」
「ヒーロー?」
「うむ、その前に言っておくが、人質の事など誰も知らないのだ。お前が口をつぐんでいさえすれば、ばれる事は無いし、爆弾が爆発する秒読みがなされているのだから、逃げるのは当たり前のことだ。その件に関しては余り気にする事はあるまい。さてそれではその赤いボタンを押した後の事について話そう」
「それが東郷美千代と何の関係がある?」
「慌てるな。美千代は今頃ここを脱出して、小屋に着いているだろう。小屋にはちょっとした食べ物や、お湯、トイレ、シャワー等がある。
そこで休憩してからいよいよ彼女は全世界に向かって、恐怖のメッセージを発信する。といっても実際に彼女がそうするのではなく、インターネットに仕込んでおいたウィルスが発動して彼女のメッセージがパソコンの画面に現れるという仕掛けだ」