恐怖の賭け(36)
「御免なさい。こんな時にあれなんだけど、もう少しお兄ちゃんの側にいてやりたいんです。体の汚れも落してあげたいし……」
「分かった。まだ何かあるかも知れないから、周囲に気を配りながらやってくれないか?」
「はい、分かりました。それじゃ少しだけ我儘させて下さい。あの、夢限さんも気を付けて」
「ああ、行って来るよ」
夢限は少し足を引き摺りながらドアの側へ寄って行った。
『足首も痛いし、腕も相当痛い。今ガードロボットに出て来られたら不味いな』
夢限は両腕を何度か擦ってからドアのノブに手を掛け、ゆっくり慎重に引いた。僅かな隙間から中を覗いて見る。
『あれ? 誰もいないぞ。やはり逃げたのかも知れない。とすれば、逃げられる道か何かがある筈だ。探してみよう』
夢限は部屋に入って中を見回した。様々な機械らしきものがあるが、何に使われるのか全く分からなかった。
ただ目を引くのは沢山のモニター画面のある一角だろう。部屋の大きさは人質達のいる部屋の一つと同じ位で、彼には経験が無くて分からないが学校の教室一つ分位である。イスも何脚か置いてあった。
その時突然全部のモニターの画面に浜岡の顔が映し出されて、
「良くここまで来たな、大崎夢限!」
まるで彼が来る事を予測していたかのように言った。
「な、何だ? どこかで俺を見ているのか!」
夢限はそう叫びながら辺りをきょろきょろ見回した。
「誰もいやしない。お前に話がある。モニターの前の椅子にでも座って、聞いてくれ!」
「あ、ああ、まあ良いだろう」
正直、夢限は疲れ切っていた。立って歩く事さえ楽ではない。浜岡に命令されるのは不快だったが、ここは素直に従う事にした。
「そう、それでいい。私の肉体はもう滅んだのだろうが、お前と話をする為のシステムだけは残しておいた。少しばかり長くなるが、最後まで聞いてからどうすべきかの判断をして貰いたい。
もしどうしても嫌ならば中央にある赤いボタンを押してくれ。そうすればこのシステムは終了する。さてどうする? 私の話なぞ一言も聞きたくなければ、さっき言った赤いボタンを押せば良いが、話しても良いか?」
「あ、ああ、聞くだけは聞こう」
ひょっとすればここからの脱出方法が聞けるかも知れないという、微かな期待から聞いてみることにした。
「先ず、お前の両親の事だが……」
「それなら知っている。母は大崎恵美、父親は、俺は認めていないが、天の川光太郎なのだろう?」
「ふふふふ、少し違うな。小笠原美穂にそう聞かされたのだろうが、DNA鑑定の結果、お前の父親は間違いなくこの私、浜岡敦なのだよ」
「………………」
夢限は驚きの余り声が出なかった。
「彼女には悪いが嘘を教えた」
「な、何故そんな事をする!」
「お前の為だ。お前が私の息子だと知れたら、世間はどう言うだろう。それでなくてもお前は、『恐怖のエム』として恐れられているのだからね」
「お、俺は認めない! 俺に父親はいない!」
「幾らお前がそう叫んでも、お前は私の息子なのだよ。最悪の両親を持つ最悪の息子ということになる」
「黙れ! 少なくとも母は立派な人だった。女手一つで俺を育ててくれた、素晴しい人だった」
「ふん、ところが違うのだな。考えてもみろ、大樹海の奥地で生活する事がどんなに大変で、お金の掛かることであるのか。お前の母親は体を売ってその資金を得ていたのだよ」
「う、嘘だ! 嘘だーーーっ!」
夢限は怒りに震え、赤いボタンを押そうとした。
しかし冷静に考えれば、思い当たる節があった。時折一人で出かけたことがあった。
『アルバイトをしてくるから』
そう言って出掛けていた。しかし高がアルバイトにしてはかなり稼いで来ていたらしい事は記憶にある。だが人に追われている身でそうそうアルバイトなぞある筈が無い。絶対に認めたくはないが辻褄は合っている。
「くっ!」
赤いボタンを押すのは堪えた。何か別の情報、ここから抜け出す情報等を得る可能性がある事を思い出して耐え忍んだ。
「さすがに私の息子だけの事はある。良く耐えたな。少し言訳の様に聞こえるかも知れないが、私は最初お前は本当に天の川光太郎の息子だと思っていた。
恵美とは一回関係があっただけだったのでね。まあ、関係といっても、レイプだったのだがね。魔がさしたと言うのか、若気の至りとか言う奴でね」
「大方そんな事だろうと思った。母がお前なぞ相手にする筈が無い!」
再び激しい怒りの感情をぶつけた。