恐怖の賭け(34)
「何を考えているのか良く分からんが、もしノーだと言ったらどうするんだ?」
「この娘を始末してから、お前も始末する。それだけの事だ。しかし想像は出来ると思うが、私の身に着けている、スーパーハイテクスーツはガードロボットの水準を遥かに凌ぐものなのだよ。戦うだけ無駄だと思うがねえ、はははは」
「ううう、く、くそう!」
夢限は苦慮していた。拒否すればリカの命が無い。
『もしイエスと言えば? 駄目だ、きっとその時は、その証として、リカを殺せ等と言うのに違いない。味方になった振りを許す様な甘い男では無い。ううむ、どうすれば? あれ? あれは?』
浜岡との緊迫したやり取りに夢中になっていて気が付かなかったが、何時の間にか部屋に進入して来ていた者があった。息を殺し、浜岡が蹴飛ばした懐中電灯を持っている。全身が血だらけのその男は影山譲治だった。
譲治はもう直ぐそこまで来ていた。夢限の様子がおかしい事に浜岡は気が付いた。思わず振り向いたが、その瞬間に譲治は最後の力を振り絞って浜岡めがけて走り寄り、
「パチンッ!」
懐中電灯のスイッチを入れて浜岡の目を照らした。
「ウアーッ!」
浜岡は眩しさで一瞬目が見えなくなった。しかし迫って来た譲治に何発かの強烈なパンチを浴びせた。無理に無理を重ねてここまでやって来ていた為に、半ば死に掛けていた譲治は足から崩れ落ち、絶命した。
「キャーーーーッ!」
締め付けられていた腕から解放されたリカは、瞬間的にその場を跳ね退いて夢限の後ろに隠れた。しかし兄の無残な姿を見て悲鳴を上げた。そして浜岡に飛び掛ろうとした。
「御免!」
そのリカの横腹に当身を食らわせて夢限は失神させた。リカの力では彼を倒せないばかりか、簡単に殺されてしまうからである。目の見えない状態がまだ十分に回復していない今がチャンスである。
「キエーーーッ!」
夢限の渾身の力を込めた両足飛び蹴りが浜岡の後頭部に命中した。
「ゴロゴロゴロッ!」
浜岡は廊下を転がって行った。しかしその先ですっと立ち上がったのである。
僅かに逃げられはしたが、確かな手応えはあった。後頭部へのダメージは普通の人間なら即死、頑強なタイプの者でも間違いなく失神する水準だった筈である。しかし特殊なスーツに守られた浜岡は、それほど大きなダメージは受けていない。
「ふっふっふ、驚いている様だねえ。ちょっとは痛かったがそれだけだ。だから無駄だと言ったのだが。それにしても影山譲治は飛んだ食わせ物だった。
お前達を一度裏切り、今度は私をも裏切った。ふん、幾ら妹思いでも何度も裏切るから命を落す事になる。その妹の命も風前の灯だ」
廊下での激しい攻防は監禁されている者達の耳にも入った。彼等は鉄格子の入った小さな窓から、固唾を呑んでその様子を伺っていたのだった。
「黙れ! 諸悪の根源はお前だ! 世界の王になる事に何の意味がある。くだらない愚かなお前の妄想の為に数多くの人が死んでいるんだぞ。いい加減目を覚ませ!」
夢限は激しい感情をぶつけた。
「はははは、お前にとってはくだらない夢かも知れないが、いや、世界の殆どの者にとっては意味の無い事かも知れん。そう思うのは王たる器ではないからだ。
私にとって意味があるということは、私こそが王に相応しいと言うことなのだよ。そろそろ死んで貰おうか。少しはそれなりの器だと思ったのだが、私の眼鏡違いだった様だな」
喋りながら浜岡はジリッ、ジリッと夢限との間合いを油断無く詰めて来ていた。
『隙が無い。さすがに元世界チャンピオンだけの事はある。彼が守るべきなのは、唯一露出している顔面だけだ。それ以外の場所では幾ら攻撃してもそれ程効果が無い。
ううむ、どうすればいいのだ? まてよ、彼が現役の時にはリング上での戦いはあったかも知れないがこういう狭い廊下での、空中戦は経験が無いだろう。
たとえ練習していたとしても高が知れている筈だ。良し、エレベーターから降りた時にガードロボット達に使った方法と同じ様な方法を、ここでも使ってやろう!』
夢限は方針を決めると浜岡に突進して行った。浜岡も満を持していたかの様に突進した。一挙に片を付ける積りらしい。
「リャーッ!」
夢限は右の壁に飛んでから更に上に飛んだ。浜岡は夢限の予想通り、右壁へのジャンプには付いて来たが、更に上へのジャンプには付いて来れなかった。
「トリャーッ!」
夢限は天井の壁を蹴って行き過ぎてしまった浜岡の後頭部に、今度は強烈な肘打ちを食らわした。