恐怖の賭け(32)
「バサッ!」
翔は足から崩れ落ちたのだったが、顔面が陥没していて、そのまま息絶えた。
「うううっ、く、くそう、早く行かなければ」
譲治は歯が何本かへし折られていた。相当の激痛で口から血が滴った。
「ぺっ!」
折られた三本の歯を口の中に溜まった血と共に吐き出すと、よろけながら何とか部屋に向かって小走りに歩いて行った。
「バタッ!」
七、八歩、歩いては倒れ、
「バタッ!」
また七、八歩、歩いては倒れた。
「早く行かなければ、リカが、リカが……」
妹を思う気持ちが執念となって彼を立ち上がらせた。しかし口の中の傷は相当に重く、吐き出しても、吐き出しても出血が止まらない。
それでも何とか持ち堪えて部屋に入る直前まで歩いて行ったが、そこで力尽きて倒れ、失神してしまった。浜岡が潜んでいると思われるそこは外観は部屋が一つだけに見えるのだが、中に入ると左右に小部屋がずっと続いている。学校の教室が廊下の両側に並んでいる様な感じである。
中央に幅二メートル位の廊下があり、一番手前と一番奥の部屋のみが横にも行ける廊下がある。手前の左右二つの部屋と奥の左右二つの部屋は横の方にも出入り口があるが、その他の部屋は中央の廊下に一つだけ出入り口があるだけである。
出入り口が一つだけのそれらの部屋には三組の人質達がバラバラに離されて監禁されていた。勿論ドアには如何にも頑丈そうな鍵が掛けてあった。
一番手前の右側の部屋には貴賓席が折り畳まれた形で五脚置いてあった。左側の手前の方の部屋には何も無く、空室である。
夢限は既に人質の監禁されている部屋を確認しその位置を記憶しながら、慎重に左側の壁伝いに歩いていた。身を隠す所が無いのは辛いが仕方が無かった。
「リカさん、付いてきちゃ駄目だ。危ないぞ!」
後ろに人の気配を感じていた夢限は、半分振り返ってそれがリカであることを確認してから小声で言った。
「さん付けは止めて! 私はきっと役に立つわよ、夢限!」
足早に夢限に追い付きながらリカも小声で言った。
「分かった。呼び捨ての方のリカさん、いや、リカ。ん? 懐中電灯を持って来たのか?」
「うん、何かの役に立つと思って」
「そうか、しかし譲治さんと翔さんはどうした?」
「翔さんに任せて来たわ。裏切り者の兄貴なら殺しても構わないって言ってね」
「ははは、過激だなあ」
「そんな事より、浜岡を退治しなければね」
「ああ、しかし簡単に行くとは思えないぞ。もう俺達の存在は、浜岡に知られてしまっているのだからな」
「分かってるわ」
左右の小部屋は十個ずつ並んでいて、一番奥の突き当りにはドアが一つだけある。どうやらその奥に浜岡がいるらしい。
各部屋には鉄格子の付いた小窓があって中が覗けるようになっている。三組の人質以外の部屋には道具等が置いてある他は人影は無かった。
二人は暫く歩いて、とうとう一番奥の突き当りまで来た。二人の到着を待っていたかのように右と左の廊下に隠れていた五体ずつのガードロボットが一斉に飛び掛って来た。
しかし夢限の動きは凄まじく両の手に持っていた鍵で、猛烈なスピードでガードロボット達の全身にある目を潰していった。
夢限は既に一つでも目を潰されたガードロボットは、その瞬間一時的に動きが酷く緩慢になる事を見破っていた。十体のロボットの目を次々に一つずつ潰していく事によって動きの鈍い状態を作り出せた。
直ぐ回復して素早く動ける様になるのだが、その途端にまた一つ目を潰される。結局ロボット達は殆ど動けないままに夢限に全部の目を潰されてしまったのである。
その様子を近くで見ていたもう一人の人格のリカは、ますます夢限が好きになっていった。
「す、凄い! たった一人で十体のガードロボットを破壊してしまった。ほんっとに惚れたわ!」
前々から惚れてはいたのだが、更に強く強く惚れ直したといった所だろう。呼び捨ての方のリカにとっては夢限は殆ど神の様な存在になった。
三十個ほどの体に付いている目と、顔にある両目を潰されると、ガードロボット達は、
「バッターン! バッターン!」
と、大きな音を立てて倒れて行った。どうやらガードロボット達は主に視覚情報によって体のバランスを保っているらしい。倒れたガードロボットは体をひきつかせてはいるが、それ以上は動けないようである。