恐怖の賭け(27)
たとえ別の人格になったとしても、異常な行動をするという程ではないからである。
「さあ、ぼちぼち行きましょうか」
夢限に促されて全員立ち上がったが、
「お兄ちゃんは翔さんと一緒に行って。私は夢限さんと一緒に行くから」
リカはもう一つの人格らしい遠慮のない言い方をした。
「ああ、分かった。じゃあ翔さん、先に一緒に行きましょう。それじゃ懐中電灯をもう少しだけ使わせて貰います。後二、三百メートルも行ったら消す事にします」
「はい、お願いします。じゃあリカさん行こうか」
「あのう、お願いがあるんですけど」
「何ですか?」
「リカさんじゃなくって、リカって、呼び捨てにして欲しいんだけど、駄目かな?」
「うーん、駄目じゃないけど」
「じゃあ、夢限、今からお互いに呼び捨てよ。リカって呼んでみて」
「ああ、リ、リカ、行くよ」
「はあい、夢限。うふふふふっ!」
普段のリカからは考えられない行動だった。大胆で積極的。異性に対して人前でこれほどはっきりした態度を取った事は、生まれて初めてのことだと譲治は思った。他の二人も似たり寄ったりの感情を持った。
『心の病がそうさせている!』
そう思わずにはいられなかった。
『重大な問題でも起こさない限りは、なるべく彼女の言う通りにしよう』
三人の男達に暗黙の了解がなされた。しかし期待は直ぐに裏切られた。暫く歩いていると、
「ねえ、夢限、このまま逃げない? さっきの食料貯蔵庫の側で一生仲良く暮らしましょうよ。浜岡なんてどうでも良いじゃない」
リカはそう夢限に耳打ちをした。
「えっ、そ、それは困る。浜岡はいずれ俺達を殺しに来る。その前に何とかしないと」
「そうか、殺しに来るのか。それじゃあ、あいつを殺したら、逃げようよ。ねえ、それなら良いでしょう?」
「ま、まあそれなら良いだろう」
「うふふふふ、約束よ。チュッ!」
リカは夢限の頬に約束の証のキスをした。
「ねえ、私にも、約束を守る証のキスをして。口でも良いわよ」
「いや、その、じゃあ、ホッペに。チュッ!」
夢限は先が思いやられると思いつつも、リカの頬にキスをした。夢限の行動に理解を示しながらも、譲治は不快そうな表情で二人の行動を立ち止まって見つめていた。
浜岡が潜んでいると思われる部屋まであと三百メートル位だろう。その辺りから道幅は少し広くなる。両側に四角い柱が壁にくっついた状態でずっと続いている。もう懐中電灯が要らない程に明るい。
打ち合わせ通り柱に隠れながら少しずつ前進する。右側に翔と譲治、左に夢限とリカが慎重に進んだ。二手に分れたのは万一の場合を考えての事である。暫くそうしているうちに、何かに気付いたのかリカが夢限に小さく声を掛けた。
「ねえ、床の上の車輪の跡が沢山あるみたいだけど、変だと思わない?」
「あれっ? 確かにそうだ。今までは一台分だと思っていたんだがな。どうなっているんだ? しかし全部で五台分位あるようだけど、五回通ったのかそれとも……」
二人が思案している事に、翔と譲治が気付いて、タイミングを見計って駆け足でやって来た。
「どうしたんだ?」
翔が口を開いた。
「車輪の跡が五台分位あることを、リカが見つけたんだよ。これが何を意味しているのか良く分からないんだ。どう思う?」
「ここを作って完成してから、何度か出入りしたんじゃないのか?」
譲治は常識的な答えを言った。
「それは変だよ」
リカは即座に反論した。
「ん? どうしてだ、リカ」
「車輪の跡は皆新しいもの。ごく最近集中的に移動してるよ。スロープを下る方は動力が要らないけど、登るのは動力が必要だよ。
もしその動力があるんだったら、スロープの意味がないよ。多分入り口の方から五台の座席付きの車が次々にここを下りて行ったんだと思うな。
それとさっきまで一台分の車の跡しか見えなかったのは、きっちり一台分の道幅しかなかったからだと思うよ。かなりはっきり見えていたから同じ所を何台も通ったって考えれば辻褄が合うもの。ここに見える五台位の車の跡はとても薄いから先ず間違いないわね」
「なーるほど!」
夢限、譲治、翔の三人はリカの推理の鋭さにすっかり感心してしまった。が、それでも疑問は浮かんで来る。
「しかし何でそんな事をする? 車があればそれで済む事じゃないのか?」
「本当のことは浜岡に聞いてみなければ分かりませんが、ここに入ったら二度と戻らない積りなんじゃないかな。あるいは、人質が逃げられない様にする為かも知れない」
譲治の問いに夢限が知恵を絞った。
「人質?」
意外だという風に翔は聞き返した。