恐怖の賭け(24)
「う、うるせえ。へへへ、もう何日もやってねえんだ。お前らもやりたいんだろう!」
翔とは思えない言葉だった。譲治と夢限とが一斉に飛び掛って行った。しかし途中で躊躇った。
「く、来るな! 近寄ると、首の骨をへし折るぞ!」
翔はリカの後ろに回って、右の二の腕で軽く首を絞めている。左腕を額の辺りに回して二人が寄って行ったらリカの首を強引に曲げるなどして、首の骨を本気で折る積りらしい。
「パチン!」
夢限は明かりを消して、翔に飛び掛って行った。ほんの一瞬で逆に翔の首を絞めた。その隙に譲治は翔の腕に噛み付いてリカを何とか引き離した。
暗闇での出来事で一歩間違えば人違いをしそうで怖かったが、腕の太さと、夢限にある無数の傷が無かった事で噛み付いた腕が翔のものだと確信出来た。
「うぐぐぐっ!」
翔は激しく抵抗したが夢限の力の前に屈し、間も無く失神した。貴重ではあったが懐中電灯を二つとも点けて翔とその周囲を照らした。特に変った事は無い。
「うううっ、怖かったよ、お兄ちゃん……」
激しい衝撃が逆にリカの心を正常に戻したようである。しかし翔はどうしたのだろうか。
「おかしいですね、翔さんとも思えない行動だ」
「どうしたんでしょうね、本当に?」
夢限と譲治は首を捻った。困ったのは今のままでは一緒に行けないということである。
さりとて放置しておく訳にもいかない。少しして翔の意識が戻った。夢限は側にいたが、譲治とリカとは少し離れて様子を見ている。
「ああーっ、頭が痛い。済みません、俺、リカさんに変な事をしてしまいました。もう大丈夫だと思います。夢限さん、懐中電灯を点けてくれませんか。大分休んだからそろそろ行かないと」
「いや、懐中電灯は点いていますよ」
「えっ、変だな。何も見えないですよ。夢限さん冗談は止めて下さい。真っ暗ですよ」
「じょ、冗談じゃなくて、本当に点けています。み、見えないんですか?」
無限は険しい表情で言った。
「えええーっ! そ、そうか。あのう、ずっと頭が痛かったんですよ。軽くですけどね。そのうちムラムラして来て、もう止められなくなったんです。それが収まったと思ったら今度は、失明ですか。
……はははは、どうしてなのかずっと考えていました。少し眠って目が覚めてからですが、頭痛がずっと続いていて、理性をコントロールする事が段々難しくなって来ていたんですよ。分かった途端にたがが外れてしまいました」
「何が分かったんですか?」
「ここに来る前に、登って来た時のことです。俺はかなり埃を吸い込んでしまいました。あれって、いわゆる、放射線をたっぷり含んだ死の灰だったんですよきっと」
「死の灰!」
夢限も影山兄妹も凍りついた。確かに核爆発に死の灰は付き物である。話には聞いたことがあるが無論経験は無い。もしそうだとすると、自分達だって危ない。絶望的な気分がその場を覆った。
「でも、あなた方の吸い込んだ量は大したことが無い。ふう、俺はもう駄目です。先に行って下さい。それもこれもあの浜岡のせいだ。
何としてでもあいつを早く倒さなければ、もっと恐ろしい事になりかねない。俺はここに残りますから、構わずに早く行ってくれ!」
暫く沈黙が続いた。判断が恐ろしく難しい。
「もう少し歩いて行ってみましょう。諦めるのはまだ早いです。翔さん目が見えなくても他は大丈夫ですか?」
「ああ、相変わらず少し頭痛が続いているが他は何ともないよ」
「じゃあ俺が手を引きますから。リカさん譲治さん、それで良いですか?」
「うん、分かりました。でも、お兄ちゃん側に一緒にいて」
「ああ。じゃあとにかく歩きましょう。負けませんよ、この位じゃ!」
「その意気ですよ!」
四人はゆっくり歩き出した。翔を信じ切れていない影山兄妹は、夢限と翔の二人から少し遅れてついて行った。
一月二日の夜明け前の核爆発から半日たった。昨夜以来、飲まず食わずが続いている他に、目の見えなくなった翔がいることもあって、四人の歩みは酷く遅くなった。
喉の渇きは今や極限状態に近付きつつあった。誰も言葉を発せずとぼとぼと沈黙の行進が続いている。水分の欠乏は喉の渇きの他に、目の保護にも影響を与える。涙の量が抑えられている為に、目が痛み出した。
仕方が無いので、目を瞑る時間を少し長くして歩く事になる。更に歩みは遅くなった。横穴はまだまだずっと続いているようである。