恐怖の賭け(23)
「じゃあ、譲治さん。次は君に登って貰う事にしたいんだけどね。私はロックパイルという岩山で毎日の様に練習していたから、この種の登山、まあロッククライミングみたいなものだけど、とっても得意なんだよ。だからその、懐中電灯を持って行ってくれないか。腰のバンドに提げられるだろう?」
「ええっ? あの、良いんですか?」
「ああ、上から照らすだけで十分だ。頼むよ」
「それじゃあ、そうさせて貰います」
譲治は疑いもせずに翔から懐中電灯を受け取って、腰に提げ、やや不安気に登って行った。
一人で登ったのにも拘らず何度か落ちそうになったこともあって、夢限の二倍以上も時間が掛ってしまったが、それでも何とか登り切った。
最後は翔の登る番である。それ程熱心でなかったとはいえ、毎日の様に岩山に登った成果か、明らかに譲治よりも登るスピードは速かった。
しかし前の二人が登ったせいで、途中の不安定な足場が遂に崩れ落ちた。それと一緒に翔も少し落ちたが、それでも幸いな事に途中で引っ掛って踏み止まり、間一髪のところで何とか登り切った。
「ゲホッ! ゲホッ! うはーっ! 凄い埃だ。足場が崩れてちょっと落ちた時、その上から落ちて来た埃を頭から被ってしまいました。でもまあ、総崩れしなかったから、良かったけどね」
翔は埃を払いながら言った。四人は今度は狭くて暗い横道に入って行った。奥は相当に深そうである。
横道は床や壁がきちんと滑らかに整備されているし、所々に、空調用のファンが回っている。しかしその他の物は殆ど何も無く、ただ単なる通路のようだった。
「緩やかなスロープになっているみたいですね」
「ああ、確かに少しずつ下っている様だな」
何故緩やかな下り坂になっているのか、夢限には分からなかったし、翔にも分からなかった。
「簡単な理由よ。貴賓席の下に車が付いていて、目的地まで独りでに移動出来る様にしていたのよきっと。床にうっすらと車輪の跡が四つ付いているでしょう?」
「リカ、お、お前頭が良いな」
兄の譲治は妹の様子がおかしくなってから、むしろ勘が鋭くなって来ている事に驚いた。
「お兄さんにも言っておきますけど、私は夢限さんに言ったのであって、貴方に言った訳ではありませんから!」
「えっ! あ、そ、そうだったな……」
三人の男達は、内心ぞっとした。依然としてリカの精神状態は良くないことを悟った。自分の兄に対してまるで他人の様に言うのだから。
「疲れたわ。夢限さん、ここで一休みして行きましょうよ」
「そうだな、少し仮眠を取った方が良いかも知れない。翔さん、譲治さん、どうですか?」
「ああ、そうだな。それにしてもほぼ真っ直ぐな道だが、懐中電灯で照らしてみても、果てが見えないですね」
「そうですね、……ああ、僕も疲れました。ケータイが使えればいいんですけどね」
譲治は少し愚痴っぽく言った。
「それは最後の最後の本当に最後の手段です。電波の発信は浜岡にこっちの居場所が悟られる可能性がありますし、ここの地下にまだどんな仕掛けがあるか分かりませんからね」
「分かっていますよ。夢限さんはしかし本当に強いですね。体力面ばかりではなく精神面も」
「いや、ああ、余り喋らない方が良いです。しばらく休んでからまた歩きますから、少しでも体力を温存しておいた方が良いですからね」
四人はその場に腰を下ろすとそれこそ泥の様に眠った。幸いな事に空調が良く効いていて、さほど暑くも寒くも無かった。核爆発の影響は横穴の奥には殆ど無かった様である。
初めの内こそ床に砂などが数センチほど積もっていたが、数百メートルほど入った辺りでは殆ど埃も砂も無く奇麗な状態だった。恐らくは核爆発の影響が最小に抑えられる様に、最初から設計されていたのだろう。
四人の者達にも想像は付いていたが、地上は大惨事になっていた。夢限の機転のお陰で、屋内格闘場からはほぼ全員が脱出出来たのだが、核爆発は格闘場の近くにいた者達を全滅させた。
勿論爆発の規模が分からなかったので、とにかく遠くへ遠くへと逃げたのだが間に合わなかった者も多かったし、取り囲んでいた軍隊も全速力で撤退しつつあったのだが、それでも間に合わなかった。
死者、行方不明者、三万人余り。負傷者十万人余りを出す大惨事となったのである。多くの人々の憎しみは浜岡に向けられたが、彼の行方は勿論、その生死すら分からなかった。
そして何より問題なのは、人質になっていた三人の過激な著名人たちの安否だった。ミランダ婦人、ロレーヌ王国国王夫妻、宗教指導者イージー氏の三人とも行方不明であった。既に彼等の関係者の過激な行動が噂され始めている。
「いや、止めて!」
暗闇の中でリカの叫ぶ声が響いた。夢限は側に置いていた懐中電灯で声の方を照らした。信じられない光景だった。
「翔さん止めて下さい!」
夢限が叫ぶより早く、譲治が怒鳴っていた。翔がリカに襲い掛かっていたのだ。