恐怖の賭け(19)
エムと名乗った事と『爆弾の爆発』という言葉が何より重かった。一時間あれば慌てなくても逃げられると殆どの者達は思った。パニックは最小限に抑えられたのである。
浜岡の部下たちは連合軍に捕らえられ、連行されて行った。しかし手錠は掛けられなかった。事情は聞かれる事になるが如何なる処罰もされない事になった。
何万という人の命と世界的な著名人三人の命には代えられないと、アメリカを始めとする各国首脳の一致した意見だったのである。
「退避! 退避! 爆破十五分前! 退避! 退避! 爆破十五分前!」
女声アナウンスと『ビー!』という警告音、更に赤色灯の点滅は一段とせわしくなった。
「しかしちょっと妙だな?」
夢限はエレベーターを待つ三人に何気なく話した。
「と言うと?」
翔が直ぐ反応した。
「さっきのテレビ電話は、格闘場では巨大スクリーンに映っていたんですよね?」
夢限は譲治に確認した。
「ええ、そうです。その横に付いているカメラで場内の様子が分かるようになっています」
「やっぱり少し変です。ここでは警報が鳴っているのに場内には何も無い。浜岡の様子から考えて、地下だけ爆破するというのも変です。
別な考え方をすると格闘場が爆破されるからむしろ警報が無い。逆に地下は爆破されないが警報が何かの理由で鳴っているのではないでしょうか?」
「何かの理由と言うのは?」
「それがはっきりしないんです。浜岡の考えている事は相変わらず良く分からない。……ところでエレベーターが遅いですね。キーの使い方に間違いは無かったですよね」
夢限はリカに確認を求めた。
「み、皆も見ていたでしょう。2番のキーで左に半分ずつ回す。それで良いんでしょう?」
「ああ、確かに見ていた。間違いない。譲治さんも見ていましたよね?」
「はい。夢限さんだって見ていましたよね?」
「ははは、そうなんだけど、そもそもエレベーターが上にあるという事自体おかしい。本来なら直ぐドアが開く筈なんだが……」
時間がどんどん過ぎていくのに、逃げられる唯一の方法である、肝心のエレベーターが来ないのだ。暫くして全く予想外のアナウンスがあった。
「爆破十分前。退避モード完了しました!」
それと共に警報音や警告灯の点滅も終了し辺りは急に静かになった。
「何だ。どういうことだ? 退避モード完了しましたって何の事だ?」
翔が首を傾げながら言った。勿論何の事か誰にも分からなかった。
これといってすることも無く、念の為に夢限はエレベーターのドアに耳を当ててじっと聞いてみた。さっきまでは警告音が煩くて聞こえそうも無かったので、やらなかったのだが静かになった今なら聞こえる筈である。
「駄目だ! エレベーターは動いていない!」
「えええっ!」
翔もリカもそして譲治も殆ど悲鳴の様な驚きの声をあげた。夢限はもう一度耳を付けて聞いてみた。他の三人も一緒に耳を密着させて聞いてみる。やはり何も聞こえなかった。
「もう一度、やってみます!」
リカの声には悲壮感が漂っている。
「キーは2番。矢印は上。差し込む。左に半回転。抜く。矢印は上。差し込む。左に半回転。抜く。これでいい筈よ」
再び全員でエレベーターのドアに耳をくっ付けて、ジーッと聞いた。しかし何の音もしなかった。エレベーターは全く動いていないのである。
「うううっ、どうすればいいの!」
リカは泣き出しそうになるのを、必死で堪えながら、呻くように言った。最早どうしようもない。この地下の空間が爆破されれば全員確実に死ぬ。
もし爆破が無くても、格闘場が破壊されるのであれば、恐らくはエレベーターの通路の穴は瓦礫で埋まり、助け出されるまでには相当の時間が必要である。水も食料も無い状態では、生き延びる事は極めて困難である事が容易に分かる。
夢限は地下都市脱出の時のことを話した。
「それでもしここの爆破が無ければ、大丈夫きっと助かります。幸いにここのエレベーターもそれ程大きくないですから、通路も狭そうですし何とかなると思います」
「気休めを言わないで! ここが爆発したら私達皆死んじゃうのよ! 上だけ爆発したとしても、エレベーターの穴は塞がって、抜け出られやしないわ!」
リカはヒステリックに叫んだ。
「止めないかリカ!」
譲治は厳しく叱咤した。
「いや、リカさん気持ちが動揺しているから、仕方が無いんですよ。それに俺の言い方もちょっと安直過ぎて悪かったです」
思案投げ首の状態でいると、直ぐ側に横たわっている、早川金太郎と佐伯竜太の遺体にどうしても眼が行く。
今となっては気の毒と思う気持ち以上に、
『もう直ぐ自分達もこうなるのか……』
そういう思いが湧き上がって来て、いたたまれない様な気持ちになる。