告白(4)
「朝の挨拶が珍しかった?」
「いや、懐かしかったんです。母さんとは毎朝おはようを言い合ってましたから。もう十三年位やってなかったのでちょっとビックリしました。ああ、ここの売店では剃刀を売ってますよね?」
「勿論よ、髭をそるの?」
「はい」
二人が話をしている間にも駐車場に車が何台か入って来た。
「パンパカパーン、パンパカパーン、パンパカパーン!」
十一時ジャストにかなり大袈裟な感じのファンファーレが鳴って、開店を知らせた。二人は朝食兼昼食をここのレストランで済ませる事にした。
「いらっしゃい、ああ美穂さん、噂は聞いてるわよ。そちらの方が、『素晴らしい男性』ね?」
「もう皆してあたしをからかって。ふふふ、でも良いわその通りなんだから。木立さん早く案内して頂戴」
「ああ失礼しました。お二人様ですよね」
「当然!」
「ではこちらへどうぞ、煙草を吸われるんでしたら、喫煙席も御座いますが?」
「いいえ、吸いませんので、普通の席で良いです」
「はい、ではこちらの五番テーブルへどうぞ」
外観と同様、天井からシャンデリアが下がっていたりするゴージャス感のあるレストランだった。普段着の二人には違和感があるのだが、それがまたここの売りでもある。
『ゴージャスな雰囲気を普段着で味わえる』がキャッチフレーズだった。ただ金雄が困ったのはメニューである。高級なイメージを維持する為に、メニューの表記は英語であり説明がローマ字だった。理解出来るのはライスと金額位だった。
「参りました。全然読めません」
「カラオケ屋さんの方にあるメニューとは随分違うのね。ああ、そうか! ここの席はVIPシートになってるんだ。木立さんやってくれたわね、あん畜生!」
「VIPシートって何ですか?」
「お偉いさんの座る席の事よ。高い料理しかないの」
「えっ! 席を移動しましょうか。あんまり高いと俺、支払えないし」
金雄は本当に困った顔で言った。
「大丈夫、任せなさい! それにあたしが奢る約束よ」
「でもそろそろ限度でしょう? 随分ご馳走になったし」
「そうね、でもここまでは私が支払うわ。木立良子に眼に物見せてくれる! 一万ピースのコース料理があるからそれにしましょうよ」
「俺は構わないけど、二人で二万ピースですよ。無理をしない方が……」
「いいえ、無理をしたいのよ。だってもう行っちゃうんでしょう。ちゃんとアパートに綺麗な彼女とかが待っているんじゃないの?」
「はははは、アパートなんてとてもとても。俺はずっと一人でした。女の人と一緒に食事をしたのは美穂さんが初めてです。正直言ってとても幸せでした。この幸せが何時までも、ずっと続けば良いなって思ってるんですけど……」
金雄は少し顔を赤らめながら言った。
「えっ、わ、わ、私は構わないわよ。明日も明後日もずっと一緒でも」
「本当に良いんですか? まだ話をしていない俺の正体を知ったらがっかりすると思いますよ。……ああそうか、じゃあ嫌になるまで一緒に居る事にしませんか? 俺に愛想が尽きたら綺麗さっぱり分かれるという事で」
「変な条件だわね。……正体を知ってもがっかりする事は無いと思うけど、良し、その話し乗った!」
「じゃあ、契約成立ですね!」
金雄も嬉しそうに声を弾ませた。
「丁度良かったわ。二人の門出のお祝いに、コース料理で乾杯ね。私はアルコールはちょっとあれだけど、金雄さんは飲んでも構わないでしょう?」
「いや、朝は飲まないよ。ああ、もうお昼だけどね」
「分かったわ、じゃあアルコール抜きで頼むわね。カモン、木立良子!」
美穂は木立良子を指名して、お一人様一万ピースのコース料理を注文した。
せいぜい高くても一人五千ピース程度と高をくくっていた良子は、目を白黒させて驚いた。
「御、御免美穂。意地を張ってそんなに高いものを注文しない方が良いわよ。車のローンの支払いが大変なんでしょう?」
「ふふふっ、違うのよ。この人と一緒に暮らす事になったから、そのお祝いなのよ」
「ええっ、そこまで進展しちゃったの!」
「そうなのよ。ああ、仕事があるからアルコール抜きでお願いね。彼のもね!」
美穂は勢い込んで言った。