恐怖の賭け(13)
「さあ乗って!」
夢限は心を鬼にして発破を掛けた。もう何があっても引く事は出来ないのだ。半ばよろけながらそれでも何とか全員エレベーターに乗った。不幸中の幸いだったのはエレベーターが遅い事だった。
『これなら何とか時間が稼げる!』
そう思った。最新鋭のエレベーターの様にあっと言う間に着いたのでは精神的ダメージが大きくて使い物にならない。
「そ、それにしても、随分遅いエレベーターですねえ」
金太郎が先ず一言言った。
「いやあほんとに、今時珍しいですな」
竜太が調子を合わせる。
「しかし、さっきは本当に緊張しましたね」
翔も加わって大分皆落ち着きが出て来た様である。
「リカ、大丈夫か?」
譲治が顔色の悪い妹を案じた。
「何言っているの、わ、私は大丈夫よ」
リカは強気というより夢限に格好の悪いところを見られたくなかった。
「それにしてもリカさんや陽子さんは夢限さんの秘密を聞いても、余り驚かなかった様に見えたんですがね。あっしなんかたまげてしまって。ああ、こんな時に済みません」
竜太は場違いな感じの事を言ったが、緊張感をほぐすためにはそれも一つの方法かも知れない。
「ああ、それは多分少しだけど夢限さんの秘密を聞いていたからだと思うわ。陽子さんも聞いていたんじゃないのかしら?」
「ほほう、そういうことがあったのですか。女の人にだけ秘密を知らせていた訳なのですかな」
翔は茶目っ気を出して言った。
「あ、いや、それはそのう、成り行きで……」
夢限は慌てて繕った。
「俺は聞いてないぞ、リカ」
「だって、別に他の人に言う事じゃあないと思って」
「あっしも聞いてませんよ先生。陽子さんには話したんでしょう?」
「いや、その話したかどうか、余りはっきり覚えていないんだよ……」
「またあ、先生もなかなかやりますねえ。あははは、冗談ですよ」
「いやあ、参ったな。はははは」
場は一気に和やかな雰囲気になった。それから間も無くエレベーターは到着した。
またまた緊張感が高まったが、乗る時程ではない。どうやら緊張感を解きほぐす会話が功を奏した様である。ただ最早ブラッククラスのロボットとの一戦は避けられない。全員の覚悟は決まった。
「これを頼みます。リカさんはなるべくエレベーターの側にいて、いざという時、直ぐにエレベーターを呼び出せるようにして置いて下さい。使い方は分かりますよね?」
夢限は3番のキーを抜き取って残りをリカに渡した。
「はい!」
リカの返事は小気味良く唯一つきりだった。
「チーン!」
そっけない到着の音がしてドアが開く。五十メートルほどの廊下の先に三体のロボットが見えた。その後ろに部屋があり自動ドアらしきものも見える。
男五人と女一人がぞろぞろ降りて、真っ直ぐ急ぎ足で歩いて行った。途中でリカは金太郎と竜太の持っていた懐中電灯を受け取るとその場で待つことにした。
ロボット達は最初のうちは全く反応を示さなかった。一行が廊下の中央を越えた途端、二体のロボットが猛然と突っ込んで来た。残りの一体は部屋の中に入って行った。
『不味い、中の連中に気付かれたか! しかし行くしかない!』
走り出した男達は皆そう思った。二体のロボットと五人の男達の死闘が始まった。
だが予想外の事が起こった。あれほど強かったブラック級のロボットの動きがやや緩慢なのだ。これだったら暫くは持ち堪えられる。
『思った通りだ。ブラックは複数の相手に弱い!』
夢限が試してみたかったのは、これだったのだ。一対一なら恐ろしく強くても、複数の相手だとコンピューターの処理が追いつかないのである。
なまじ高度な技を数多く知っている為に、かえってそれが負担になってしまう。ただとてつもなく防御力が強いので、倒すのは容易ではない。これも予想通りだった。
夢限は二体のロボットを四人に任せて自分は部屋へ向かった。部屋に着く直前に中からぞろぞろと四体のロボットが現れた。これは予想外の事である。
『四体か、相当にハードだが、やるしかない!』
まともに戦っては勝ち目が無い。方法は一つ。
『これならどうだ!』
恐らくは予想していないであろう動きで、コンピューターの処理に混乱を起こさせる作戦だった。
「バン! バン! バン! バン! バン! バーーーンッ!」
夢限は廊下を走らずに左右の壁を交互に蹴って進んだ。廊下の幅が余り広くないから出来た芸当であるが、最後に彼等の頭上を越えて行った。作戦は見事に成功した。地下都市脱出の時の経験が大いに役に立っている。