恐怖の賭け(12)
「あれがグリーンさんの言っていた、小さな小屋かな?」
翔がおもむろに言う。皆が辺りを見渡したが、かなり離れた所にあるその小屋の他にそれらしい建物は無い。
「間違いないですね。じゃあ行きましょうか」
金太郎が率先して歩いて行った。
「しかし、このビルと屋内格闘場を十万人の軍隊が取り囲んでいるとは思えない位静かですね。それに姿が全然見えないですよ」
「そりゃそうでしょう。普通相手を刺激しないように見えない所に隠れているもんですよ、人質事件の場合にはね。それに暗くてここからだと良く見えないしね」
金太郎の問いに竜太が如何にも中年男性同士の会話の様な感じで答えた。
「でも良く見るとここの周囲のビルだけ明かりが消えていますよ。皆避難したんじゃないんですかね」
翔も調子を合わせて言った。
「アアーッ、確かに!」
中年の二人の男は翔の言葉に一緒になって感心した。ついこの間まで一人の女性を巡って敵同士であったとは思えないほど、実に良く気が合っている。
離れていた所から見た感じでは良く分からなかったが、側に寄って見ると、実に頑丈そうな小屋だった。扉も分厚い鉄板で出来ているらしい。
「これじゃあ、マシンガンでも壊れそうも無いですね。鍵を開けます。先ず1番の鍵ですよね」
夢限は鍵の束の中から慎重に1番の鍵を選んで、矢印の向きも確認し、ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。
「右に半回転。抜く。もう一度矢印上。差し込む。また右に半回転。抜く。これで開く筈です。いや、単純な作業ですが、何とも精神的に疲れる作業です。ふーっ!」
「ガチャリ」
大きく息を吐いてから夢限がゆっくりノブを回して引くと、重々しく扉は開いた。
「おおお、開きましたね。じゃあ全員中に入って……」
翔は声を潜めて言った。
「うふふっ、何だか泥棒にでも入るみたいね」
リカは軽く笑いながらやっぱり声を潜めて言った。言われてみるとリカの言う通りであるのだが、大きな音を立てたり、大きな声を出す訳にはいかないのだ。もうここは浜岡のテリトリーなのだから。
何時警報音が鳴るか、何時ガードロボットが出て来るか分からない以上、静かに行動するより無い。その時の対策など無いのだ。せいぜい玉砕する位が関の山だろう。
小屋に全員が入ってからドアを閉めた。少し開けておく手も考えられたが、長時間ドアが開いていると不審に思われるかも知れないので結局閉める事にした。
小屋の中は正にエレベータールームで他に何も無い。今度使うのは2番の鍵である。
「2番の鍵。矢印は上。差し込む。左に半回転。抜く。また矢印が上。差し込む。左に半回転。抜く。ふう、絶対に間違えられないというのは、緊張しますね。
さっきもやったんですが全然慣れません。……エレベーターが上がって来てドアが開く筈です。でも空だと良いんですが」
「もし、誰かが乗っていたらどうします?」
竜太が心配気に言った。
「十中八、九敵なんだから、ここで戦うしかないでしょう。しかし相手が武器を持っていた場合は危ないですね。……全部私に任せて下さい。
たとえ相手が十人であっても、軽く失神させるだけなら、ごく短時間に出来ますから。そしたら手分けしてエレベーターからそいつ等を降ろして素早く全員で乗り込むんです」
「でもここでバタバタしたら、浜岡とか、仲間とかにに知られてしまうのでは?」
「ふふふ、その時はその時ですよ。でもロボットのブラッククラスが十体だと、正直言って絶望ですね。俺でもとても手に負えない。
だから危険だと言った訳です。何が待っているか分からない敵陣に乗り込むんですからね。ああ、もうそろそろエレベーターが着きますよ」
ここに来るまでは威勢が良かったのだが、夢限以外の者は緊張で足が震えていた。半分逃げ腰になっている。戦場のように命のやり取りの怖さを知っているのは彼だけだったのだ。
『失敗した。やっぱり俺一人で来るんだったな』
夢限は少し後悔した。皆格闘技の心得のあるものばかりなので安心していた。しかし実際に命のやり取りをした経験のあるものはいないのだ。
『気の毒な事をしてしまったな』
そう思うと胸が痛んだ。だが今更引き返せない。それに何度もロボットと対戦した事のある夢限にはある目算があった。そのことを試す為にも、複数の人間が必要なのである。
「チーン!」
お馴染みの最も古風な音をさせてエレベーターは到着した。皆の緊張は極度に高まっている。ドアが開いた。本当に幸いな事に誰も乗っていない。
「ハアーーーッ!」
安堵の溜息を吐き、リカはその場にしゃがみ込んでしまったし、夢限以外の者は立っているのがやっとの状態だった。