恐怖の賭け(10)
「はい。それは差し込むだけで良いのです。そうすれば会場内にいる全てのボディガードのロボットの機能が停止する事になっています」
「ほう!」
男性陣が感心した様な声をあげた。
「でも、あのブラック級のロボット達が、貴賓席のある部屋の内と外とに数体ずついるようです。『3』のキーを差し込む為には彼等を倒さなければなりません」
グリーンの話はそこにいる全員の気持を重くさせるのに十分だった。
「ブラック一体だけでも容易ではないのに、五、六体はあるということでしょうか?」
翔もさすがに険しい表情になった。
「はい、キングは一度だけそこに入った事があると聞きました。その時は内に二体、外に二体、合計四体あったそうです」
グリーンは申し訳無さそうに言った。
「こうすればどうでしょうか?」
春川陽子が一つの提案をした。
「つまり、ブラックをおびき寄せるのです。その隙に誰かがキーを差し込めば良いと思うのですが」
それに対しては夢限が反対した。
「グリーンさんのお話から考えて、何か武器が無いと難しいですね。まあ手に入りそうもありませんが。それに危険過ぎますから女子は、特に陽子さんとユミさんは行かない方がいいと思う」
しかし言われた二人は猛反発した。
「絶対に嫌です! 死んでも構いません。私達も行きます!」
声を揃えて拒否した。
「うーむ、参ったな。……ところでそのエレベーターには何人乗れるんですか?」
夢限は話の矛先を変えた。もし定員オーバーという事にでもなれば、二人を説得出来ると思ったのである。
「確か十五人、千五十キログラム位までだったと思いますが」
「そうですか」
夢限の思惑は外れた。全員乗ってもまだ十分余裕がある。
「ところで、その緑色の所にキーを差し込めば、ロボットが停止するとしても、浜岡の仲間の人間もいるんでしょう? そいつらが武器を持っているとしたらやっぱり相当厄介なんじゃありませんかね」
竜太が珍しく気の利いた事を言った。
「珍しく良い事を言うわね、お父さん」
「てへへへ」
娘に褒められて、竜太は照れ笑いをした。
「それは大丈夫でしょう」
グリーンはあっさりと言った。
「というと?」
竜太は自分の意見があっさり否定されたのでちょっとがっかりして聞き返した。
「それは人間がごく僅かしかいないからです。例えばここの出入り口を固めている連中の殆どはロボットです。数人のリーダーだけが人間だとキングが教えてくれました。
浜岡博士は自分の作ったロボットに自信を持っていますし、野々宮という男に裏切られてから、いっそうロボットにガードして貰う傾向が強くなったようです」
「そうですね、それに浜岡の部下のうちの殆どは、彼が怖いから命令に従っているのであって、彼が捕らえられでもしたら、あっさり投降する事は十分考えられるでしょう」
グリーンの補足を夢限がした。
「それでは、緑にキーを差込さえすれば万事片が付く事になるのですな」
翔は落ち着いた様子で言った。密かにブラックと刺し違える覚悟をしていたのだ。彼ばかりではなく影山兄妹もそう思っていた。
金太郎も竜太も更には陽子もユミさえも命を掛ける決心をしていたのである。
『何かしても、何もしなくても落とす命であるならば、万に一つの可能性のある方を選ぼう』
ほぼ全員がそう決心していたのだった。
しかし夢限だけは少し違う考えを持っていた。
『まだきっと何かある! あの浜岡がこんな事位で音を上げる筈も無い。しかしここは皆に協力して貰うしかないな。……でも多分、……全員助からない』
とてつもなく辛い決断であったが、
『一人でも生き延びられれば良いのだが……、いいや、きっときっと必ず何人かは助かる!』
無理やりにでもそう思い込むしかなかった。
暫し躊躇ったが、遂に意を決して言った。
「何時まで考えていても仕方が無いから、それじゃあ行く事にしましょう。さっきの様に、二人ずつ組んで二、三分毎にここを出て、屋上に全員集合としよう。そこで最後の詰を行うことにする」
「おう!」
ほぼ全員が相変わらずの小声であったが、声を揃えて気勢を上げた。
「それじゃ、グリーンさんどうも有難う御座いました。キングさんに宜しくお伝え下さい」
「はい。申し訳無いんだけど、私はキングに付いていないとその……」
「キングさんに付いていてあげて下さい。お願いします」
「お願いします、グリーンさん。怪我が酷いようですから誰か側にいないと何かと大変でしょうから」
夢限に他の者も同調した。グリーンは済まなそうにしながら帰って行った。
浜岡の要求もあって、事の一部始終が全世界に生放送され続けている、前代未聞の人質事件になった。ごく一部ではあるが浜岡と桑山の交渉の様子さえ、放映されていたのである。