恐怖の賭け(5)
「あ、有難う。どうしてこういう事になったのか、これから詳しくお話します。さっき言いましたが小笠原美穂と俺は将来的には結婚も考えていた間柄でした。
しかし浜岡は彼女を人質に取って、俺を格闘技世界選手権の予選の南国大会に出場させたり、それから既にご存知だと思いますが、地下都市のムーンシティに、ナンシーを案内役にしてそこの地下格闘会というのに参加させたりしたんです」
「えっ! ナンシー先生が案内役?」
影山リカが驚きの声を上げた。
「では、ナンシーさんは浜岡の一味なんですか?」
安藤翔も驚いて言った。
「はい、最初はそうでした」
「最初は?」
佐伯竜太が聞き返した。
「はい、彼女は浜岡に騙されていたんです。でもそのうちに彼の正体に気が付いて、今ではすっかりこっちの味方になったんです。
途中からですが俺を何かと助けてくれて、それで美穂さんと一緒に逃げてくれました。ただ自分達がどのように盗聴されているのか分からずに、大分苦しみました。
それで皆さんには言いたい事もなかなか言えずに随分ご迷惑をお掛けしたと思います。本当に申し訳御座いませんでした」
「何かおかしいと思ったら、そういう事情があったのね。うんうん」
春川陽子は一人で納得した。
「浜岡の事は皆さんもかなり分かって来ていると思いますが、恐ろしい男でもあり、奇妙な男でもあります」
「奇妙な男なんですか?」
佐伯ユミが首をかしげながら聞いた。
「はい。俺をこの大会に出して、多分最後にブラックで俺が負ければ思い通りなのでしょうが、俺は勝ちました。そういう場合の為に本当はその後でドーピング検査をして、俺が失格する事になっていたんだと思います」
「ドーピング!」
ほぼ全員が声を発した。金雄は声を潜めるように人差し指を口元で立てて合図してから、
「栄養剤と称して、俺に薬物を飲ませる積りだったようです。でもそれはナンシーの熱烈なファンが見破ってくれたので防ぐ事が出来ました。ただ俺の印象としては、多分浜岡は、その事をもう知っていると思うんです」
「へえーっ! でも結局、何もしなかったのね?」
春川陽子が鋭く返した。
「そうです。事態が急変して諦めたのかも知れません。しかし、そればかりではありません。俺の本名を美穂に知らせて来たんです。俺の両親の事もね」
「えええっ! 小森先生って、本名じゃないんですか?」
金太郎が目を丸くして言った。
「はい、小森金雄というのは偽名です。俺の名前はムゲン、俺はそれしか知らなかったんです。それで天空会館の本部道場に行った時には、どういう漢字を使うのか分らなかったので、頭文字をとってエムと称していました。
それまでは母親の名前も知らずに、彼女と二人きりで大樹海の中で暮らしていました。しかも俺が小さい頃に、母は死んでしまって、……」
それから一通りの事を金雄は話した。
「それで俺の本名は、大崎夢限、ムゲンは夢という字に、限りないのゲン、それで夢限。母は大崎恵美。父親は、俺は父親などとは認めないが、……天の川光太郎です」
「えええーっ!」
潜めながらも皆驚愕の声を上げた。
「な、何と。あの前世紀最大の格闘家と言われた、天の川光太郎!」
金太郎と、竜太が声を揃えた。
「そんな事を調べて分かったとしても、普通教えないと思いますけど? 確かに奇妙な男ですね、浜岡博士って」
ユミとリカが不思議そうに言った。
「成る程、貴方の強さの秘密が分かったような気がする。あ、いや、これは失礼」
金雄に気を使ったのは安藤翔だった。
「いや、事実ですから仕方ありません。ただ、これからは俺の事を出来れば本名で呼んで欲しいのです。小森でも、金雄でも、エムでもなく、大崎夢限、と呼んで下されば良いかと」
金雄の、夢限の、話は俄かには信じ難くしばし皆呆然としていた。
しかし何時までもそうしてはいられない。金雄は意を決して、自分のしようとすることを言う事にした。
「それで皆さんにお願いがあります。無理なお願いなので、承知しなくても別に構いません。そんな事では恨みに決して思いませんから。
浜岡が何をしようとしているのか、俺はずっと考えて来ました。彼の考えが百パーセント分かる訳ではありませんが、大人しく連合軍に投降するとは到底思えません。
今出来る事は彼を探し出して、彼とその愛人と思われる東郷美千代を、捕らえるか、場合によっては、……殺害する事です」
険しい表情で言った。