告白(3)
「ちょっと待って、なんだか人から逃げている様な気がするけど。誰かに追われていたの?」
「うーん、ひょっとするとそうかも知れませんね。とにかく母さんは人を見たら逃げる様にと教えてくれました。『人間ほど恐ろしいものは無いから、うっかり近寄ったり話をしない様に』と繰り返し聞かされてました。
母さんがいなくなって五年間位はその教えを忠実に守っていたんですけど、段々人が恋しくなって、ちょくちょく街に出て行くようになったんです」
「はーっ、そうなんだ……。何と無く分かって来たわ。で、お母さんの事は他に何か分からないかしら?」
美穂がそこまで聞いた時ノックの音がして、
「ご注文の品をお持ち致しました!」
結構大きな声を出して、ウェートレスがワゴンに乗せて頼んだ食事と飲み物を運んで来た。
「ああ、美穂さんお久し振りね。まあ珍しいわね、男なんかと金輪際付き合わないと言っていた貴方がこんな時間に……」
「もう皆に冷やかされて叶わないわね。目からうろこが落ちたのよ。世の中には素晴らしい男性が居ると言う事を教えて貰っている所なの。だから邪魔しないでね」
「ハイハイ、お邪魔様。ふふふっ」
ウェートレスはニヤニヤしながら帰って行った。
「今の人もここの従業員なんですか? レストランのウェートレスの格好でしたけど」
「そうなのよ。ここはメインはカラオケだけどレストランもあるのよ。ちょっとしたコンビニ並の売店もあるの。多角的な経営というか、純粋なカラオケだけじゃあやっていけないのよね。
前にも言ったけど天空会館への上納金の事もあるし、それとそれを稼ぐ為に売り上げがかなりの額にならなきゃやっていけない。
ところが売り上げが多いと税金もグッと多くなるから更に稼がないとやっていけない。それで更に売り上げを伸ばす必要が出てくるっていう悪循環になるらしいのよ」
「ふーん、そうかあ、成る程。またまた凄く勉強になりました」
「ふふふ、じゃあ食べようか、乾杯!」
「乾杯!」
今度はビールとアイスティーで乾杯した。もう午前二時を回っていたが人質事件の衝撃で目は冴え切っていて全く眠くなかった。
「さっきの続きなんだけど、お母さんの事とかに付いて、もう少し詳しく教えては貰えないかしら?」
美穂は慎重な言い回しをした。金雄が答え難そうにしている事は分かっている。
「美穂さんには正直に言います」
金雄は残りのビールを一気に飲み干してから意を決して言った。
「……、つまりその、小森金雄は偽名です。俺は母親を『母さん』と呼び、母さんは俺を『ムゲン』と呼んでいました。それ以上の事は一切教えてくれなかったし、それで何の不自由も無かった。
でも今となってはとても困っています。ムゲンの漢字も分からないし、苗字は尚更分かりません。預金通帳を見れば分かると思うのですが、そういう類のものは母さんが何時も肌身離さず持っていた様です」
「はーっ! 信じられない人ね。貴方のお母さんを悪くは言いたくないけど、息子がこんなに困っているのに何処へ行っちゃったんでしょうね」
美穂は顔をしかめて言った。
「何と無く生きてはいない様な気がするんです。それと多分俺が一人前になったら、何もかも話す積りだったんじゃないでしょうか」
「成る程、そんな考え方があるわね。でも手掛りは見つかったわよ」
「見つかった?」
「そう、小森と言う苗字に引っ掛っていたから分からなかったけど、小森でないとすれば行方不明になっているかつての強者を探せば良いのよ。勿論女性のね」
「そうか、そんな考え方があったんだ。やっぱり話して良かった。気のせいかカツカレーがやけに美味しい。はははは……」
二人はすっかり打ち解けて、閉店時間の午前五時まで延々と話し続けた。その後トラックの座席を倒して美穂と、当分偽名を使い続ける事にした金雄は一緒に眠った。
少し蒸し暑くはあったが、最新型のトラックは弱冷房も効くし、寛ぎ易い様に座席がかなり水平に近くなっていて気持ち良く眠れた。六月も終わりに近付いた頃である。
朝を通り越して午前十一時少し前に美穂は目覚めた。仕事の事もあるのと、起き抜けの顔を金雄に見られたくなかったので、少し早めに起きて勝手知ったる準備中のカラオケ屋ゴールドスターに入っ行った。
化粧室で手早く化粧を済ませてから金雄を起しにトラックに戻った。金雄は既に起きていて軽いトレーニングをしていた。
「おはよう!」
美穂の挨拶に金雄は少し戸惑ってから、
「おはよう!」
挨拶を返したのである。