恐怖の賭け(4)
「な、何をするんだ!」
浜岡はマイクのスイッチを入れて怒鳴った。しかしブラックは回路が故障しているのか、浜岡の声に全く反応せず、
「ガンッ! ガンッ! ガンッ! ……」
何度も激しく叩き始めた。防弾ガラスはそう簡単に破れはしないのだが、このまま続けているとひびが入りそうだった。
「ガードロボット、2号、3号、ブラックを取り押さえろ!」
浜岡は堪らず、貴賓席の回りに座っているボディガードに見せ掛けたロボット達に命令した。すぐさまガードロボットの2号と3号とがやって来てブラックを取り押さえたが、一瞬早くガラスにひびが入った。
「い、いかん、退却する」
浜岡が青いボタンを押すと、貴賓席はそのまま地下に降りて行き、開いた穴の部分に床板がせり出して来て、完全に浜岡と美千代の姿は見えなくなった。
場内は先程までとは異質な喧騒で溢れた。
「何だ? どうなっているんだ! 表彰式はどうした!」
何時まで経っても表彰式も無ければ、閉会の言葉も無い。主賓の浜岡がいなくなっては大会そのものの意義すら怪しい。
「ドォシターーーッ!」
「一体どうなっているんだ!」
様々な国の言語で、そんな叫び声が、あちこちから聞こえて来た。
「やっぱり本性を現したな!」
そう呟くと金雄は先ずリングを降りて知り合いのいる席に向かった。
「小森先生何だか変ですよ」
金太郎が先ず口火を切った。
「皆聞いてくれ。重大な話がある。取敢えず俺の控え室に来てくれないか。事情はそこで話す」
金雄がそこまで話した時、場内の照明が少し落とされて、巨大スクリーンに浜岡の顔がでかでかと映し出された。
「静粛にして聞いて貰いたい。騒ぐ者は容赦なく殺す。静かにしていさえすれば、何もしない。歩いてもいい。君達は私の人質になった。繰り返すが静かにしさえすれば食料も与えるし行動も自由だ。
ただしこの会場の外には出られない。出ようとするものは射殺する。今、外は連合軍がここを取り囲んでいる。彼等が撤退すれば諸君らは自由だ。マスコミ関係者に告ぐ。私の言葉を世界中に伝えたまえ。
尚君達の中にも私の仲間が多数いる。妙な行動を起こした場合は、即座に射殺する事になる。現在は外の代表者と交渉中だ。何か進展があったら、また伝える。以上だ」
浜岡の言葉は各国語に翻訳されて場内に流された。
更に、その内容はメディアを通じて全世界に流されたのである。騒げば射殺という言葉は、会場にいる浜岡のスパイ以外の者全てを震撼させた。急に静かになった。ヒソヒソ話以外は殆ど聞かれない。
幸いだったのは終了時間が遅くなる事を理由に今日の入場者は十八才以上に限られていた事だった。年少者が騒ぎ出す事によるパニックを恐れた浜岡の配慮だったようである。
「俺が行った後で、俺の控え室にトイレにでも行く振りをして、一人ずつ目立たない様に間隔を置いて来て下さい。俺の控え室はここの通路を真っ直ぐ行ったところの左側にあります。エムって名札が付いていますから直ぐ分かります」
金雄は顔見知りの連中一人一人に耳打ちをした。
金雄が先に行って控え室で待っていると、先ず早川金太郎がやって来た。次いで春川陽子、影山兄妹、佐伯親子、最後に安藤翔がゆったりとやって来た。
「先ず部屋の隅においてある、二つの身分証には近寄らないで下さい。これは先程正体を現した浜岡博士の仕掛けた盗聴器にもなっています。それでなるべくそこから離れた位置で声を小さくして話して下さい」
金雄は自ら小声で話した。
「ところでナンシー先生の姿が見えないようですが?」
影山譲治が金雄の忠告通りに声を潜めて言った。
「はい、彼女とそれから日本からやって来た、私と親しい小笠原美穂という女性とは、ナンシーのファンの人達に助けられて既にここを出ています。
浜岡が狙っているのは俺の命だけだと思っていたので、巻き添えになっては大変だと思って、決勝戦の始まる前に何とか逃げて貰いました。
もし、この会場の全員が人質になると分かっていたら、皆さんに来て貰わなかったんですが。残念ながらこういう結果になってしまいました」
「小森先生が悪いんじゃありませんよ」
「そうよ、金雄さんに落ち度はないわ」
金太郎の言葉に陽子が同調した。