幻の強者(10)
「チッ!」
キングの靴の先が金雄の頬をかすった。僅かだが頬が切れ、血が滲んだ。
「オオオーーーッ!」
今大会で初めて金雄に傷が付いた。多少の打撲は今までにも何度かあったのだが、流血は初めてだった。エムの負傷に会場でどよめきが起こったのだ。しかし金雄も負けてはいない。
「ビュン!」
スパルク並の素早さで、キングに接近し、着地してまだ振り返り切っていないキングに、嵐のようなパンチを浴びせ続けた。有効打が何発かありキングは少し顔をしかめた。
「ドウォリャー!」
キングは起死回生のパンチの一撃を金雄の胸の辺りに浴びせた。
「ドンッ!」
かなりの音がして金雄は吹き飛び、
「ゴロゴロゴロッ!」
数回転がって、危ないかと思われたがまるで計算済みであったかのようにすっと立ち上がった。無論かなりの痛みはあったのだが堪え切れないほどでは無かった様である。
今度は金雄が、
「ウウウリャーーーッ!」
鋭い気合と共にキングの最初に出した技と同じ両足を揃えての飛び蹴りを、キングの顔面に食らわそうとした。しかしこれは不味かった。
キングに読まれていて彼と同様、体をかわした方向へ回し蹴りで追って行ったのだが、その足をがっしりとつかまれてしまったのだ。
「クーーームッ!」
大人の腿と同じ位の太さの腕で金雄の右足首をしっかり抱えて、唸るような声を挙げながら関節技に入った。渾身の力を込めて足首をねじる。金雄は必死に堪えて、左足で何度もキングの顔面を蹴った。
「グアーーーッ!」
さしものキングも顔面の痛みに耐えかねて手を離した。
「アアア、ハーーーッ!」
会場から安堵の声が洩れる。
「もう一度キングに捕まったらお終いだな」
そんな声が場内のあちこちから聞こえて来る。キングの顔面のダメージより金雄の足首のダメージの方が大きそうだったからそう思ったのだろう。しかし実際にはキングの顔面のダメージは見た目より遥かに大きかったのだ。
サンドバックを一撃で蹴破れる強烈な金雄の蹴りは、たとえ防具を付けていても相当の破壊力を持っている。
『モウイチドガンメンヲケラレタラ、キゼツシソウダ。ソノマエニナントカシナケレバ』
金雄以上にキングの方に焦りがあった。
一旦両者は立ち上がり再び真正面から、今度はパンチの応酬となった。何度かの応酬の後の会心の一撃に思えたキングの右のストレートだったが、目にも留まらぬスピードで金雄は、左の手の平で下から支え、右の肘で彼の手首を強烈に打ち下ろした。
金雄の左の手の平と右の肘とにキングの右手首が挟まれた形になった。肘打ちは格闘技の世界では体に穴が開くと言われるほどに強烈で、
「グアーーーッ!」
手首に激痛が走り、さすがのキングも悲鳴を上げてのたうった。すかさずレフリーは金雄を制してキングのダウンのカウントを取り始めた。
「ワン、ツウ、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン」
カウントセブンでキングはファイティングポーズを取って試合再開となる。この大会のルールは、仮に偶然に股間に蹴りが入ったとしても、待ったは効かず、ダウンと見なされるのである。
野性の中に生きて来た金雄にとってはむしろ有利なルールかも知れない。勿論地下格闘会で500連勝のキングにとっても、有利さは変わらないのだが。
『このまま試合が長引くと、足首の痛みがますます酷くなりそうだ。止むを得ない、あれをやってみるか!』
金雄もまた先ほどの足首へのダメージが気になっていた。もし今度、左足で顔面蹴りが出来ない様な体勢で、同じ右の足首を攻められると、ギブアップせざるを得ないかも知れないと思って、一撃で決めるチャンスを作りに行く事にしたのである。
その後暫くパンチや蹴りの応酬があったが、金雄は何故かジリジリ後退していった。
「エムは押されているんじゃないのか!」
「エムは危ないぞ!」
「真っ直ぐ下がっちゃ駄目だ。回り込め!」
そんな声が聞こえて来る。格闘技の常識から言えば、真っ直ぐ下がるのは非常に危険なことである。通常は劣勢と見なされるのだ。
しかし金雄は更に信じられない行動に出た。スッとロープ際まで下がって、両手の平を上に向け、指を動かして、来い来いと合図した。
「体当たりして来いということか? 無茶だ! 至近距離だし、幾らエムでもかわせっこ無い!」
「スパルクがぶっ飛んだんだぞ。エム! 狂ったか!」
金雄の無謀さをなじる声が大きくなって来た。