幻の強者(9)
「ああ、野口さんか。本来なら断る所だけど、うーん、まあ二、三分ならいいですよ」
全くの初対面ではないし、丁重なものの言い方だったので無下には断れず、ごく短いインタビューを条件に金雄は認めた。
「あのう、有難う御座います。先ずは事実上の決勝進出おめでとう御座います」
「ああ、どうも有難う」
「次のキング戦に対する、作戦とか抱負とかお話願えれば嬉しいのですが」
「そうですね、作戦とかは特にまだ考えていません。抱負は勿論優勝する事ですが、私にとって一番の強敵です。彼に限って言えば、負けるかも知れないと思っています」
「し、しかし、戦う前から負けると言うのはちょっと……」
「弱気だとお思いですか?」
「いいえ、そのう……」
「ははは、格闘家に有るまじき発言でしたか? でもそれが正直な感想なんですよ。あんなに強い男は見た事が無い。自分を除けばね」
「えっ! 自分を除けばですか? じゃ、じゃあ……」
「勿論、絶対に勝ってみせます。何が何でもね」
「いやあ、そういう言葉が欲しかったんですよ。なんかこう安心しました」
「それじゃあ、後は良いですよね」
「はい、どうも有り難う御座いました!」
「いえ、どう致しまして」
電話はそこで終ったが、内心、浜岡からの電話でなくてほっとした。
『それにしても浜岡は全然音沙汰がないな。まあ、何も無ければそれに越した事は無いんだが……』
それからしばしキング戦の作戦をあれこれ考えたがこれといった妙案も無く、結局寝てしまった。
その頃貴賓席にいる浜岡に、重大な報告がなされていた。貴賓席の前の方にある小型のモニターテレビにアメリカ方面のスパイから連絡が入った。
音声は外には洩れないようにしてあるし、画面も深く掘り込まれていて側面からは見えない様になっている。この様な事もあろうかと、他から覗き見されない様に初めから設計してあったのである。
「浜岡先生、野々宮の身柄がアメリカ当局に確保されてしまいました」
「な、何だと。ふう、野々宮の裏切りではないのか?」
「いいえ、裏切ったのは、ピアッサーの部下達のようです」
「うっ、くっ、そ、そうか。分かった。また何かあったら知らせてくれ」
「はい」
浜岡は天を仰いだ。
「アメリカ当局の動きが予想以上に早かったですわね」
美千代が慰める様な感じで言った。
「ああ、まあ、それもあるとは睨んでいたが、テンポが速い。最悪の場合は道連れ作戦で行く事もあると思うが、覚悟は良いよね」
「ふふふ、その覚悟が出来ているから貴方の所に残ったのよ。遠慮なくやって下さいな。それより私だけ助けようなんてお考えにならないで。死ぬ時は一緒よ」
美千代はそう言うと浜岡の手を握り締めた。
「よし、だがまだ最後の手段という所までは行っていない。もう少し模様を見てからで良い。まあ次のキングとエムの試合だけはゆっくりと観戦させて貰おう」
「はい、私も楽しみですわ」
二人は休憩時間に豪華な夕食を貴賓室の中で取りながら、次の試合を待った。
「コン、コン」
ドアがノックされ係員が起こしに来た。
「エムさん、そろそろ時間です!」
「ああ分かった。直ぐ行く」
大一番を前に悠然と眠っていた金雄は、起きてから軽く準備運動をして、それからリングサイドに向かった。
場内は騒然としていた。単に格闘技世界選手権の決勝というだけではなく、圧倒的強さでここまで勝ち進んで来た二人の対決だったからである。
「エームー! エームー! エームー! エームー! …………」
金雄の声援が多いが、
「キング! キング! キング! キング! …………」
と、キングの声援もかなり多くなって来ている。彼の存在が次第にクローズアップされて来ているのだ。二人がリングに上がると、場内の声援は一段と大きくなった。
『大きい! 単に身長だけではない、凄まじい迫力が俺を圧倒しそうだ!』
金雄は相当のプレッシャーを感じた。しかしそれはキングも同様だった。
『コノオトコハツヨイ! コレホドノオトコハ、ミタコトガナイ!』
国籍も人種も育ちも何もかも違うが、唯一闘う為に生まれて来たという思いは両者に共通のものだった。
「タガイニレイ! ハジメ!」
遂に戦いの火蓋は切って落とされた。
「クアーーーッ!」
異様な声を発して褐色の塊が空を飛んだ。スーパーヘビー級とは思えない素晴しいジャンプ力で、キングは両足を揃えての飛び蹴りを金雄に食らわした。
間一髪のところで金雄は右にかわしたが、なんとキングは空中に居ながら体をひねり、右足を大きく振って回し蹴りで逃げようとする金雄の体を追いかけたのである。