幻の強者(7)
「成る程、そういう事でしたか。それなら納得ですね。確か佐伯さんもキャンセル待ちだとか言ってましたからね」
「そうでしょうね。それじゃあ、あっしはこれで。席の方で応援しておりますから、是非優勝しちゃって下さいよ」
「はい、きっと、きっと優勝します。じゃあ皆さんに宜しく」
「はい、先生の彼女にも宜しく」
「あははは、わ、分かりました。それじゃ」
金雄は先生の彼女と言われて、どきりとしたが何食わぬ顔を通した。迂闊な事は言えない。浜岡のスパイが近くにいるかも知れないからだ。
二人はそこで別れたが互いに何か心温まるものを感じた。
『何事も無ければ、ずっと友達でいられるんだがな。浜岡の気が変わってくれれば良いのに。いや、そうは行くまい!』
部屋に戻るとテレビをつけて、一人で入れたコーヒーを飲みながら次の試合の観戦を始めた。その試合は、キングと原田源次郎戦以上に予想外の展開になった。
「タガイニレイ! ハジメ!」
金太郎と少し話をして、時間が丁度になってタイミング良く試合は始まった。
「ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!」
スパルクは猛スピードで動き回る。この動きにはさすがのキングも付いていけない。しばしば後ろからの攻撃を許してしまう。
しかしキングの圧倒的パワーは、ちょっと位の攻撃ではびくともしなかった。試合開始後、三分経った辺りで、誰もいない所へキングはパンチを繰り出した。
ところが丁度そこへスパルクがやって来たから堪らない。見事なボディブロウが決まって、スパルクはあっけなくダウンしてしまった。
キングはスパルクの動きを予測していたのだ。目で追っても駄目な時は動きを予測するしかないが、キングの予測は見事に的中した。格闘技が単なる力の誇示ではないことの証明である。
しばしば頭の中まで筋肉だ、等と誤解されるのだが、格闘技の強者は取り分けチャンピオンクラスは頭が良いのである。そうでなければとても頂点に上り詰めることなど出来はしないのだ。
「ワン、ツウ、スリー、フォー、ファイブ、シックス」
カウントシックスで立ち上がると、
「ビュ! ビュ! ビュ! ビュ!」
スパルクは更にスビードを上げて、鋭く攻撃した。
「ウオオオーーーーッ!」
会場から思わず驚きの声が上がった。金雄もこのスピードには驚いた。どうやらスパルクは自分の力を温存していたようである。
『これが彼本来のスピードなんだな。このスピードには俺でも付いていけない。しかしこれでは余り長く持たないぞ』
金雄の予想通り、キングにある程度のダメージは与えたがそこまでだった。
一分ほどでスピードはぐんと落ちた。その途端、
「バァーーーン!」
キングの猛ダッシュの体当たりでスパルクは吹き飛ばされ、最上段のロープを霞めながら場外へ落ちて行った。
「ウウワオオーーーーッ!」
キングの本気のパワーの凄まじさに場内はどよめきと悲鳴に似た歓声とが沸き起こった。これが人間の力だろうか。
『さ、さすがにやるな! そのパワー気に入ったぞ!』
金雄は自分を上回るパワーを持つ男を生まれて初めて見た。今まで誰と対戦しても自分がパワーで劣勢だと思った事がなかった。
しかし初めて少なくともパワーでは自分より上だと認めざるを得ない男が現れたのだ。
『やっぱり、命を惜しんで逃げなくて良かった。逃げていれば命の助かる確率は高いだろうが、この素晴しく強い男と戦う事は一生出来なかったかも知れないんだからな』
金雄は燃え上がる闘志を強く感じていた。試合は勿論スパルクが場外に飛び出した時点でキングの勝ちである。勝利を宣言され、大歓声の中をキングは悠然と退場した。
一方のスパルクは起き上がれずタンカで運び出され、病院送りとなって彼の次の原田源次郎戦は棄権と決まった。その後、例によってアトラクションがあり、三十分ほどは時間がある。
ところがその時、
「ルルルルル―、ルルルルル―、ルル……」
部屋に備え付けの電話が鳴った。次に自分の出番である事は分かっているし、時間になれば係員が直接呼びに来る筈である。
『おかしいな、誰からの電話だ? ……まさか浜岡!』
金雄は慎重に受話器を取り、何時もの様に何も言わずに耳を澄ました。迂闊に名乗るのは危険なので、一般の電話の時は何時もこうして様子を伺うのである。
「原田源次郎だ。聞いているか、エム!」
金雄は驚いた。電話の相手は次に自分と対戦する、原田源次郎である。しかしこれは違反である。不正を防ぐ為に、試合当日の対戦者同士の電話は禁止されているのだ。発覚すれば即失格である。
「原田さん、電話は不味いんじゃないんですか? 下手をすると失格になりますよ!」
金雄は厳しく警告した。