告白(2)
「……ただ世界大会ではベストエイトに入ったのが最高の成績。くじ運も悪いのよ。同じアジア地区の代表に、日系人のナンシー山口っていう世界大会で何度も優勝している強豪と、大抵ベスト十六くらいで当って粉砕されるのよ。彼女は強かったわねーっ。彼女だったら男子の部に入ってもベストエイト位まで行くわよきっと」
「ナンシー山口ねえ。だけど話しが少し脱線してないですか? 天空会館の支部長がどうしてここまで色々と店をやっているのか、イマイチ分からないんですけどね」
金雄は首を傾げながら聞いた。
「ああ、そうねえ、でももう部屋に着いちゃったから続きは部屋の中でするわね」
部屋に入ってみると、『静かの部屋』と言うだけあってグリーンを基調にした落ち着いた雰囲気だった。勿論カラオケ設備は一通り整っているが、廊下を歩いていた時の周囲の騒音等が全く聞こえず本当に静かだった。
「ねえ、何か飲まない? それとも何か食べる? レストランじゃ食事が半端だったから、お腹空いたでしょう。ああ、それと生ビールの中ジョッキを飲み干しても平然としている所を見ると、お酒に弱くは無いわね」
「そう言われてみれば、酔ってないですね。それに確かにお腹が空いて来ました。注文すれば持って来てくれるんですよね?」
「それじゃあ食べ直しという事で、何にする?」
カラオケ屋だったが食事のメニューはレストラン並だった。
「凄いメニューですね。さっきのレストラン、あれ? 名前は何でしたっけ?」
「ああ、コージローよ。オーナーの山本幸次郎の名前から付けたと思うけど、ローマ字で『KOUZIROU』と書いてあったの。失礼かも知れないけど読めなかった?」
「はい、母親が居なくなってから一人で勉強してたんですけど、ローマ字とかは苦手で、途中で投げ出してました。他の教科はまあまあでした、と言っても中学校一、二年位で投げ出して格闘技の練習ばかりしてました。基礎は母親にみっちり仕込まれていたので、それに興味もあったし、そっちの方ばかり伸びた様な気がします」
「お母さんも格闘技をやってたんだ」
「はい、今から考えても相当高い水準にあったと思います」
金雄は幾分誇らしげに言った。
「そうでしょうね、そこが分からないのよ。流派が違ったとしてもそれ程の人となると、私が知らない筈は無いんだけどな……」
美穂は食事の注文も忘れて、じーっと考え込んだ。
「駄目だわ。やっぱり分からない。ところでここのカラオケ屋の名前は分かるかしら?」
「ふふふ、ゴールドスターでしょう? GOLDSTAR、ローマ字が読めないのに英語が読めたりするから不思議ですよね」
「なーんだ、分かってたんだ。ああ、そうだ食事の注文を忘れていたわね。何にする? 私はそうねえミックスサンドイッチと冷たいレモンティーにするわ。金雄さんは?」
「うーん、カツカレーとビール中ジョッキで行こう」
「もっと高級な料理も有るけどカツカレーで良いの?」
「カツカレーは俺にとっては高級料理ですよ。何時もは普通のカレーですから」
「へえー、カツカレーが高級料理ね……。うん分かった、じゃあ頼むわよ」
美穂は備え付けの電話で注文した。係員を呼んで直接注文する方法もあるのだが、出来るだけ金雄と話がしたかったので電話で済ませたのである。
「ねえ凄く気になっていたんだけど、狼、じゃなくて野犬に襲われた時はどうするの? 今ならともかく、十才位の時に一人であの森を歩いたんでしょう?
プロの格闘家があの森に迷いこんで野犬に襲われて命を落とした例があるのよ。私には信じられないのよね、小さい子が一人であの大樹海を歩き回るなんて」
「それは簡単ですよ。木に登るんです。野犬と言えども木には登れませんから。ただ登り易い比較的細身の木の側を、例え遠回りになっても常に歩く様に心掛ける必要があります。
俺の場合は先ず母親と一緒に歩いて街に抜けるコースを覚えました。三回ほど母親が先頭に立って歩き、覚えた所で俺が先頭になって歩く。大丈夫になった所で一人で行き来するんです。
テントは年に何回か移動します。近くで人を見かけた時は必ず移動しました。移動する度に奥へ奥へと入って行った様な気がします」
金雄は思い出し、思い出ししながら、噛み締める様に言った。