幻の強者(6)
その後も殆どが相打ちだった。世にも奇妙な試合である。
「エエエーーーッ!」
会場内には訝しさの声が何度か上がった。無理に調子を合わせている様に感じられるのだ。
『キングが相打ちに誘っているんだな。原田が逃げずに誘いに乗っているのは、自分が世界最強と信じる天空会館の代表だという、プライドがあるからだろう。
しかしこれは不味いぞ。体格から考えて明らかに不利だ。俺だったらプライドを捨てて、少しでも有利な方法を選ぶんだがな……』
金雄はそう思っていたが、原田はプライドが何よりも優先なのだろう。二人は一般的には余り知られていない。特にキングは全くの無名である。スパルクと金雄との一戦に比べれば、会場は実に静かだった。
試合内容は一方的にキングが優勢だった。相打ちなのに原田源次郎の方がダメージが大きい。やはり体格の差がもろに出ている感じである。遂に数分で原田は膝を付いた。最初のダウンだった。
「……、ナイン」
辛うじてカウントナインで立ち上がり、試合を続けたが、その後は一方的にキングの攻勢だった。相打ちにすら出来ずに、コーナーに追い詰められ、腕をとられて関節技でギブアップ。キングの勝利が宣言された。
「アアアーーーッ!」
会場から溜息が洩れた。一部の熱烈なファンが失望した瞬間だった。金雄がキングは聞きしに勝る強者であることを確信した瞬間でもあった。
『あの体型であのスピードは驚異的だ。原田源次郎は決して弱くはない。確かにチャンピオンクラスだ。にも拘らず一方的にキングが押していた試合内容だった。
500連勝は伊達ではないな。次の試合はキングとスパルクだ。キングは連戦になるから疲れもあるだろうし、どうだろう?
ただキングのパワーを持ってしてもスパルクを捉えられるかどうか? これも見ものだな。次の試合まで三十分ほど休みがあるのか。ちょっと外の空気を吸って来よう』
通路に出ると、幸いにも人は余り出ていなかった。試合の合間に痛快なアトラクションが行われていて、それがまた一流のコミック系の芸人が出演しているので、見逃すのが勿体無いからなのだろう。時折場内からどっと笑い声が聞こえて来る。
玄関ホールの窓から何と無く外の景色を見ている時だった。
「先生! 小森先生!」
懐かしい男の声は早川金太郎だった。
「ああ、早川さん。いや、ここでお目に掛れるとは思いませんでしたよ」
「あはははは、何とか切符を手に入れられたので、ちょっと無理して来ちゃいました」
「いきなりこんな事を言うのもあれなんだけど、佐伯さん達とは、どうなんですか? 憎まれていたんじゃないんですか?」
「やっぱりご存知でしたか。いや実は謝りに来たんですよ。今朝、こっちに着いて、ジムの方へ顔を出して、土下座して謝りました」
「ど、土下座までしたんですか?」
「はい。一方的にあっしが悪いんですから。そしたら意外にもあっさりと許してくれたんですよ。私ばかりが悪い訳ではないってね。
いや、本当に恐縮しました。それで一緒に会場に来たんですよ。竜太さんの運転する車でね。お嬢さんの運転する車では怖いのでね」
「それは良かった。ユミさんの運転では寿命が縮まりますからね」
「ああ、それもご存知で。もう何年も前になりますが、あっしがこっちに暫くいた頃に一度だけ乗せて貰って、いやあ、車に酔った事の無いあっしでもすっかり酔っちゃいましたからね。先生は大丈夫で御座いましたか?」
「はははは、俺も酷く酔ったな。二度目は幾らか慣れたけど、もうこれ以上は乗りたくないよ」
「ええーっ! 二度も乗ったんですか!」
金太郎は目を丸くして驚いた。
「まあ、本当は乗りたくなかったんだけど、成り行きで仕方無しにね」
「そいつは災難でしたね。あっと、そろそろ時間ですね。あっしはアトラクションなんかはちょっと苦手でして。トイレに行く振りをして出て来たら、先生にお会い出来たという訳で、新年早々良い事が御座いましたよ」
「ああ、その、最後につまらない事だけど、一つだけ聞いても良いかな?」
「はい、何でもどうぞ」
「いや、席の事なんだけどね。どうして皆近くの席だったのかと思ってね。偶然なのかな?」
「ああ、それは簡単な事ですよ。まあ偶然と言えば偶然なんですが、あるグループが大量にキャンセルしたらしいんですよ。何か事件があったらしくてね。
うち等みたいな者は、どうせキャンセル待ちの安い席しか手に入らないので、貧乏人同士が上手い具合に集まったという訳でしてね」
金太郎は自分と関係のある連中が、一塊になっていた席の理由を明快に説明してみせたのだった。