幻の強者(4)
ただ、レストランがにわかに大入り満員になった事は店にとっては良かった事なのかも知れない。歩く度に野次馬に取り囲まれる事に辟易しながらも、何とか金雄は自分の控え室に戻った。
『ろくに別れの挨拶も交わさない内に、ナンシーとも美穂さんとも別れてしまったな。無事に匿って貰っているかな。安川君はしっかりしているから大丈夫だろうけど』
二人の事が気にならないと言えば嘘になるが、
『今は安川君を始めとするナンシーファンに任せるしかしょうがないな』
そう割り切る事にした。
それから金雄はベットに寝て仮眠を取る事にした。少しうとうとしたが直ぐ目が冴えて眠れなくなった。
『俺の名前は大崎夢限、母さんは恵美。父親は、いや俺には父親はいないのだ。……しかし何故浜岡は俺達にその事を教える? 何のメリットがある?
美穂の話だと手帳の滲んだ文字の解読に相当力を尽くしたらしい。どうしてそこまでする? あの男のやる事はいつも何時もさっぱり分からない。
ああ、しかし久し振りに一人になったな。何だか大樹海の時のテント暮らしだとか、あの空き家に住んでいた頃を思い出すな……』
過去を振り返っているうちに、再びうとうととしだして、やがて眠ってしまった。
「ドン!、ドン!、ドン!」
夕刻五時半に花火の音で金雄は目を覚ました。
「ハア、いよいよ決勝戦だな。それにしても花火までとは大袈裟だなあ」
金雄は知らなかったのだが、それは試合を知らせるの為の花火ではない。間も無く浜岡敦とその愛人、東郷美千代が会場に着くという知らせだったのだ。
正面玄関には赤い絨毯が敷かれ、黒山の様な人だかりの中を歩いて来るであろう二人を、何十台ものテレビカメラとレポーターたちが待ち構えていたのである。
高級乗用車が十数台ほども列を作って並んで止まり、先にファンファーレを鳴らす音楽隊が下りて来て、赤い絨毯の両端に数メートルずつの間隔で並び、ファンファーレ用のラッパを構えた。
次に体のごついボディガードらしい連中が下りて来て、最後に浜岡敦と東郷美千代が下りて来た。丁度そのタイミングで、わざわざこの時の為に作曲されたらしい耳新しいファンファーレが高らかに鳴り響いた。
浜岡と美千代はボディガードに少し間隔を開けて守られながら、二人とも余裕の笑みを浮かべつつ、ゆっくりと屋内格闘場に入って行った。
二人の服装は大粒のダイヤモンドをふんだんに使った、フォーマルではあるが嫌味なほど豪華なものだった。冠こそ被っていないが、まるで国王とその后の様である。
観衆は一様に息を呑み、二人を写そうと盛んにフラッシュが焚かれた。その観衆の中にはかなりの桜も入っている様で、シュプレヒコールや拍手が嵐の様に沸き起こった。
そのゴージャスさを演出された話題の二人の登場は全世界に放映された。浜岡は今や、アメリカと或いは全世界と戦争するかも知れないという噂のある男である。
臨時ニュースのような形で世界の多くのメディアが競って放映した。会場内の中央に設定されたリングに程近い防弾ガラス張りの貴賓席に二人は納まった。
二人を迎え入れた興奮が漸く鎮まった、午後六時丁度。今度は会場の一角に陣取った音楽隊が、試合開始用のこれも耳新しいファンファーレを鳴らした。
それから一転、賑やかな音楽に変わり決勝戦に残った四人を、肌も露なグラマラスな若いビキニ姿の女性達がプラカードを掲げ、一人の選手に一人ずつ付いてリングの周りを行進した。
四人のうちで何処と無くはしゃいでいるのはスパルクだけだった。相変わらずキンキラした派手なコスチュームである。選手のデモンストレーションが終ると一旦はそれぞれの控え室に入って出番を待った。
それから会場では天井から吊るされた、巨大な四方に向いた四面のテレビスクリーンで四人の選手の昨日の予選の戦い振りを画像に見せながら、一人ずつ選手の紹介が行われた。
第一試合は、スパルクとエムの戦いとなった。改めてプラカード嬢が二人を連れて今度は足早にリングの周囲を回りそれから二人はリングに上がった。
「ウオオオーーーッ!」
二人の人気は凄かった。スパルクはもとよりアイドル的格闘家として有名だったし、エムは、クリスマス特番が効いて、今大会では一番の人気があった。
戦いの直前に浜岡の開会宣言があった。
「私はここに第四十回世界格闘技選手権大会を宣言します。尚今大会の優勝者は幻の強者と戦うというおまけが付いておりますので、どうぞ最後までごゆっくり観戦していって下さい。主催者代表、浜岡敦」
「パパパパーン! パパパパーン! パパパパーン! …………」
ご丁寧にもそこでもまた別の趣のファンファーレが鳴り響き、それから漸く試合が開始されたのである。