再会(7)
「ところで次は午後からの第一試合で林邦彦さんですよね。同じ日本人同士ですが?」
「彼はアジア西地区の代表ですよね。どうして西地区なんでしょうか?」
「ははは、それはエムさんと同様の理由でしょう。アジア北地区は天空会館があって、勝ち抜くのが中々大変で……、あ、あの、済みません。
ちょっと言い過ぎました。け、決して、エムさんが、アジア北地区で勝てないという訳ではありませんので。それは絶対に有り得ませんので」
若い福崎アナウンサーは躍起となって取り消した。エムを怒らせると恐ろしい事になると彼も信じていたのだ。
「はははは、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ、その位の事で怒ったりしませんから。ただ私が南国大会に出たのにはちょっとした訳がありましてね。
理由は、今はお話し出来ないんですが、まあそのうちにお話し出来る日が来ると思いますので。成る程、一応は分かりました」
「そ、それでは午後の試合、勝利をお祈りしております。どうも有り難う御座いました」
「いいえ、どう致しまして」
次の試合は午後一時からなので数時間の余裕がある。それでインタビューにも少し詳しく答えたのだが、余計な事を聞いたと反省した。
部屋に入るとやはりナンシーが立って出迎えたが、タオルは持っていない。
「お疲れ様。今度は時間があるからシャワーを浴びればいいわね。着替えてから直ぐに昼食にしましょう。早めに食べておいた方が良さそうだわね」
「ああそうするよ。じゃあちょっとだけ待っていてくれ」
「はい」
シャワーはホテル並みに各部屋にちゃんと付いている。他へ出歩く必要が無いのでその点は至れり尽くせりだと思った。
ただ金雄が外へ出ると野次馬連中が煩そうだったので、ナンシーがホットドックなどを買って来て、部屋の中で二人して食べた。
「ところで、星勘定の方はどうなっている?」
「予想通り、貴方とスパルクが二連勝よ。後は一勝一敗と、二連敗ね」
「Bグループの方は?」
「これも予想通り、キングと原田源次郎が二連勝よ」
「俺とスパルクが当るのは?」
「はっきりしないんだけど、午後の最終試合か、夜の最初の試合だと思うわ。今の状況からだと、棄権する人が出て来そうだから、予定が変わるかも知れないわよ」
「そうだな、とするといつでもやれるようにスタンバイしていなきゃ駄目な訳だな」
「そういう事になるわね」
二人の予想は当った。ストーン・アフリカは二戦目に出場して勝ったのにも拘らず、金雄との一戦でのダメージがだんだん大きくなって、三戦目以降は棄権したのである。
金雄は三戦目で林邦彦と戦って、圧勝したが、その林はそれ以降の試合を棄権した。その後も棄権者が続出して、結局金雄とスパルクは四戦全勝ずつで、互に戦わずして二人とも決勝進出を決めたのである。
Bグループも同様にキング・ウィリアムスと原田源次郎の二人が、他の者を圧倒して互に戦わずして決勝リーグに駒を進めた。
金雄とナンシーが困ってしまったのは、その日の宿である。金雄の人気はますます高くなって、迂闊に外に出られないのだ。
止むを得ず控え室に泊まる事にした。元々仮眠用の折り畳み式ベットが四台ある。格闘場の関係者に頼んで、毛布を持って来て貰って、眠った。
ナンシーはその夜も激しく金雄を求めた。明日が運命の日になるかも知れないと思うと、情を交わさずにはいられなかったのだ。
決勝戦はテレビ放映の関係等から夕方六時から始まるので、それまではかなり時間がある。金雄がこれもまた困ったのは、部屋の前を野次馬連中がうろうろしている事だった。
報道関係者にはお灸を据えて置いたので面倒は無いだろうが、相手が素人ではそうも行かない。報道関係者以上に大勢なので頭上を跳び越し切れそうにも無い。取り囲まれてしまうと身動きが取れなくなる恐れがあるのだ。
「参ったな、これじゃあ食事もろくに取れやしない」
「そうねえ、カップ麺とかも買っておきましょうか?」
「うん、お湯はあるし、その他におかずになるようなハムとかピクルスとか買って来てくれないか」
「じゃあ、ちょっと待っていて、買ってくるから。ああ、それから美穂さんの事なんだけど」
「美穂はサンドシティにいるんだよな?」
「ええ、サンドシティホテルにいるようよ。尾行していた男も同じホテルの同じ階に泊まっているようだわ」
「成る程。その男を何とかする必要があるな」
「大丈夫、安川君達が彼を眠らせる事に成功したらしいわよ」
「えええっ! どうやって?」
「さあ、そこまでは聞いていないわ。美穂さんとも連絡を取っているみたい」
「それは良かった。じゃあ計画通りということで頼むよ」
「はい。それじゃちょっとだけ行って来るわね」
「ああ」
ナンシーは一瞬だけドアを開けて、素早く出て行った。
『それにしても大した奴だな、安川君と言うのは』
金雄はナンシーファンの凄さを再認識していた。