再会(6)
「お疲れ様。思ったほど汗は掻いてないわね。栄養ドリンクを飲みます?」
「ドーピング検査はあるのかな?」
「今日は無くて、明日はあると言われました」
「そう、じゃあホットコーヒーにして貰おうか。試合展開が早いと直ぐ行かなくちゃだめだからね。一口だけでも飲んでから行きたいしね」
金雄はイスに座って待っていたが、一分とは掛らずにナンシーはマグカップに入ったコーヒーを持って来た。
「はい、お待たせ」
「はははは、ず、随分早いね」
「そう来ると思って準備していたのよ。金雄さんホットコーヒーが好きだもの、インスタントですけどね」
「へえ、まるで奥さんみたいだね」
「はい、私は貴方の奥さんですわよ」
「う、うん、ま、まあそうだな」
「そういう所ではつっかえないで下さいね。……テレビのモニターでサターンと林邦彦の一戦見てましたわよ」
「どうだった? 次はサターン戦だからね。見た感じは?」
「サターンは身長が二メートル四十センチもある電柱みたいに細長い感じの男ね」
「へえ、随分背が高いんだ。多分格闘技界一の長身だと思うけど、それ以外に何か特徴は?」
「パンチが相当に鋭いわよ。リーチがあるからかなり離れていても拳が届くの。さっきの試合はサターンの圧勝だったわね」
「ふうん、成る程ね。ああ、次はいよいよ、スパルクと阿部隆の一戦だ。確か阿部はオーストラリア、地元の出身だよね。日本人なんだけど、こっちの生活が長いのでオセアニア代表になれたんだよね」
「そう、奥さんがこっちの人なので、すんなり認められたらしいわよ。でも地元だから凄い声援だわ」
「よく見ておいてくれないか。俺は次が出番だからもう行かないと不味いんでね」
「分かったわ。じゃあ行ってらっしゃい!」
「うん」
ほんの一休みしただけで、もう次の一戦である。金雄が会場に入ると、大歓声が沸き起こっていた。
しかし失望の声もかなりある。スパルクが圧勝したらしい事がそれらから容易に分かった。ハードなスケジュールである。金雄が休んだのはほんの三十分ほど。しかし相手のサターンにとってもそれは同じことである。
幸いだったのは二人とも第一戦目は圧勝した事である。初戦に負けた者にとっては二戦目はとてもきつい。ダメージが大きい上に勝たなければ予選突破は難しいのだ。最初に二連敗してしまうと、予選突破は非常に困難なものになる。
サターンはブラジル出身で南アメリカの北部地区代表だった。ブラジルは格闘技王国で、古くからあるカポエーラや日本から伝播した柔術等がとても盛んである。
それらの強豪が全員予選に出て来た訳ではないが、その内の何人かを倒して来たのであるから弱い筈が無い。
「タガイニレイ! ハジメ!」
「クェーーーッ!」
レフリーの『ハジメ!』の声が終るや否や、独特の叫び声と共に鋭いパンチが、まるで蛇の様に金雄の顔面を襲った。
しかし金雄のジャンプ力は、それを遥かに上回るスピードとパワーを持っていた。カウンターで彼の飛び膝蹴りが正確にサターンの顎に命中。
「ウガッ!」
短く呻く様な奇妙な声を上げて、サターンは膝を落とし四つん這いの様な格好のまま立てなくなった。
「ワン、ツウ、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン」
カウントセブンで何とか立ち上がったが、
「エーイッ!」
立ち上がるのを待っていたかのように狙っていたローキックを金雄が放つと、
「ウウグッ!」
またも呻いてダウンした。
「ワン、ツウ、……、ナイン、テン!」
カウントアウトで金雄の勝ちが決定した。サターンはよろめきながらも、何とか自力でリングを降りて急いで控え室に戻った。
負けても次の試合がある。リング上でゆっくりはしていられなかったのだ。控え室では直ぐ痛めた部分を冷やすなどの治療が始まっていた。
「ウオオオーーーッ! エーーームーーーッ!」
会場はまたしても大声援だった。金雄はやはり片手を挙げて声援に応えてから自分の控え室に戻った。午前中の試合はここまでである。
部屋に入る前にまたアナウンサーがインタビューに来た。今度は福崎という若い男性アナウンサーで少々興奮気味だった。
「二連勝、おめでとう御座います!」
「有難う御座います」
「それにしてもあの飛び膝蹴りは見事でしたね。最初から狙っていたんですか?」
「いや、とっさに出ました。パンチが鋭かったんですが、顎ががら空きに見えたんで、思い切ってやってみたんです。彼は背が極端に高いですから、パンチを撃つ時にはどうしても前かがみになる。
それでカウンター攻撃が有効だろうと思ったんですよ。駄目元でやってみたら、綺麗に決まってしまったという所です」
「成る程。止めは得意のローキックでしたね」
「足がひょろひょろで弱そうでしたので、これは最初から狙っていました。予想通り足が弱点だった訳です」
「なーるほど、結構理詰めに考えるものですね」
「まあ、彼も含めて他の選手達も幾多の予選を勝ち抜いて来ている訳ですから、考えなくても勝てるほど甘くは無いですからね」
金雄は淀みなく答えた。そつなくすらすら答えられたのは、インタビューに慣れて来たからだろう。