告白(1)
「スパルク?」
「そう、去年行われた格闘技世界選手権、軽量の部のチャンピオン、『光速のスパルク』よ」
「光速のスパルク?」
「余りに俊敏なので、常人には彼の動きは見えないわ。それで『光速のスパルク』と呼ばれるようになったの」
「ほおーっ、面白い。……だけどもうじき警察や救急車が来るんじゃないのか?」
「そうね、さすがに拳銃までとなると警察沙汰になるわね。ナイフまでだったら表沙汰にしないんだけど」
「俺も事情を聞かれるのかな、住所、氏名、年齢とか職業とか」
「それが普通だけど」
「悪いけど困るんだ。その内にまた会いに来るから。じゃあ」
「ま、待って私も行く!」
結局二人は一緒に裏口から抜け出した。
何時の間にか雨は止んでいて、外には既にかなりの野次馬が集まって来ていた。救急車や警察のサイレンの音がどんどん近付いて来ている。
二人は人混みをかき分けトラックに乗ると、クラクションを続け様に鳴らしながらその場を去った。事件に関りたくない人は結構居て、他にも何台かの車が同様にクラクションを鳴らしてその場を去って行った。
人質事件を起こした男は重傷だったが一命を取りとめた。回復を待って逮捕され、警察に事情を聞かれると、妻子に逃げられ、事件を起こせば戻って来ると思ったと自供した。
拳銃は知り合いの暴力団員から買った様である。事件そのものは単純なものだったが、その場を逃げ出した者にはある種の疑いが掛った。
「ねえ、これから何処へ行こうか?」
人質事件の現場からトラックに乗って取り敢えず逃れた二人だったが、行く当ては無かった。
「うーん、そうだな、二十四時間営業していて、二人切りでお話できる所があると良いんだけど。何だか全然話し足りない様な気がする。ああ、あの、傘を忘れてきちゃいましたね。それからさっきのレストランの支払いは大丈夫なんですか?」
「ははは、傘は安物だし、支払いの方は全然オッケーよ。あそこの会員の場合は、銀行口座からの引き落としになってるの。でもあの店の経営は苦しくなるわね。発砲事件じゃあ、お客は激減すると思うわ。
……ああ、そうだ、二十四時間営業という訳じゃないんだけど、早朝までやっているカラオケ屋さんがあるからそこにしない?」
親しみを感じながら美穂は言った。
「ああ、そこでいいですよ。……俺は美穂さんには絶対危害を加えない。それだけは信じて欲しい。信じてくれますよね?」
「ふふっ、どうしたの? 私は安心し切っているけど。……何かあるの?」
「……カラオケ屋さんの中でお話します。今まで誰にも話す事が出来ずに悶々(もんもん)としていましたが、やっと話せる相手が出て来たと思うと、何だか嬉しくて。うううっ」
金雄の目から涙が零れ落ちた。
「や、やだ、私まで泣けてくるじゃない。もう困った人ねえ、ふふふっ」
美穂は軽く笑ったが、目からは涙が幾すじも零れた。
途中で深夜営業のガソリンスタンドに寄って給油を済ませてからカラオケ屋に向かった。やがてゴージャスなネオン煌くカラオケ屋に到着した。駐車場のスペースは広く、深夜にも関らずかなりの数の車が来ている。
受付の男性は、ここでも親しげに声を掛けて来た。
「美穂さんいらっしゃい。ああ、そちらの方は、彼氏?」
「ま、まあね」
何故かここでは否定しなかった。
「だったら特別ルームにすれば?」
「あ、あそこは駄目よ。今日はじっくりお話をしに来たの。だから普通の部屋で、静かな所が良いわね」
「分かりました。その名も『静香の部屋』へどうぞ。特別ルームの反対側の廊下の一番奥にありますから。原則として隣の部屋は空けてありますからとても静かですよ。場所は分かりますよね?」
「勿論、ここの事だったら貴方より私の方が詳しいわよ。ここが出来てから直ぐの常連なんですからね」
「ははは、美穂さんには叶いませんね。じゃあカードをお渡しします。上手く行くと良いですね」
「ふふふ、ばっちりよ」
美穂は部屋のキーと料金精算の両方を兼ねている、多機能カードを受け取るとトラックの中の時とは打って変って、少し浮き浮きした気分で金雄を案内した。
「ここも会員なんですか?」
「まあね」
「ひょっとすると天空会館北中山支部長の経営だとか?」
「ふふふ、当り! 少し種明かしをすると私、彼の門下生だったのよ。今はもう引退しちゃったけど、十五の時から二十五才で結婚するまでの間ずっとお世話になってたのよ。
そのお礼を兼ねて出来るだけ多くの店の会員になっているの。でも、こう見えても結構強かったんですからね。日本一になった事だってあるんですから」
自慢げに言ったがトーンはやや低かった。