再会(4)
「ああ、美穂がオーストラリアに向かっているようだな。それを尾行している者がいると書いてある」
「そうなのよ。サンドシティ空港に直行するらしいわ。でもよく航空券が取れたわね。誰かバックにいるんじゃないのかしら。
浜岡でないとすれば、彼女のテリトリーにいる大物と言えば、……桑山という人がいるんだけど。確か同じ街に研究所があった筈よ」
「桑山?」
「ええ、最近反浜岡の旗印になっている、ロボット工学の世界的権威よ。ただ彼の場合浜岡と違ってどちらかと言えば理論屋ね。
お金儲けという点では浜岡に大きく遅れを取ったけど、学問としての能力や実績は彼の方が遥かに上だって聞いたことがある。
安川君の報告にも時折彼の名前が出てくるの。……ねえ、美穂さんがこっちに着いたら、速攻で三人で逃げない? 勿論彼女を付回している男を叩きのめしてからだけど」
「ドアの前に報道陣がいたか?」
「ちらほらとはいたけど、特に何もしなかったわよ」
「やっぱりね。報道陣や野次馬の振りをして、俺達を監視している奴の一人や二人はいると思う。俺もナンシーもいまや有名人だから、おおっぴらに後をつけても、逆に誰にも疑われないんだよ。
最初の計画通り、ナンシーは美穂と逃げてくれ。俺は試合が終り次第、全力を挙げて逃げるから。もう一度念を押すけど、そうしてくれないか、頼む」
またもや金雄は頭を下げた。
『そうまでして、美穂さんを守りたいの! 私なんかよりずっと美穂さんの方が大事なんだ……』
ナンシーはやりきれない気分だった。しかし反論は出来なかった。ここで口論などしていたら、試合に差し障る。
「分かったわ。今日の試合の予定をお話しするわね」
ナンシーは声の調子を普通に戻して話し出した。
浜岡の別荘ではかつて無いほど緊張感が走っている。浜岡の耳に次々に新たな情報が入って来ていた。彼一人だけでは処理し切れないので、愛人の美千代も報告を受けて対処している。
二人は朝食を取りながら互いの情報を交換し合った。この頃は忙しいので美千代の代わりに、ロボットコックが調理をしている。
「お前の仕込が良いせいか、なかなかの味を出しているじゃないか。ちょっと雑な所はあるがな」
「雑なのは仕方が無いわね。それで、ナンシーの裏切りがはっきりしたわよ。どうする、消えて貰う?」
「はははは、ほっておけ。単細胞な筋肉女だ。エムに惚れてしまったんだろう。あいつらは単純だから身分証が盗聴器である事は分かっても、言葉の言い回し方まで研究されている事には気が付いていない様だ。
『浜岡先生』が最近では、『浜岡、先生』と少し区切って言っている事に気が付かないとでも思っているんだろうね。その他いろいろな事から総合的に判断して、研究員が裏切ったと言ったのなら間違いはない」
「でもエムをドーピングで葬る作戦は失敗よ」
「ふふふふ、元々大して期待はしていない。上手く行けば儲け物位に考えていたのさ。むしろ仲良く心中して貰うチャンスが増えたと言うものさ。エムが惚れている小笠原美穂がサンドシティに向かった事は知っているだろう?」
「ええ、一緒に逃げる気かも知れないわよ」
「三角関係のもつれで、三人一緒に仲良くあの世へ旅立って貰う筋書きにしたいと思っているよ」
「まあ、それは良いアイデアだわ。エムが残忍な方法で二人を殺し、その肉を食らっている所を射殺されるなんてのはどうかしら?」
「はははは、そこまでは考えなかったな。美千代、お前は素晴しいアイデアの持ち主だよ」
二人は残酷な事を平然と話し合いながら旺盛な食欲を満たし続けていた。その身に刻々と危険が迫っている事から気をそらそうとしている様にも見える。
午前九時。屋内総合格闘場では、三万人余りの観客の中、世界格闘技選手権の開会が宣言されていた。大会の規模から考えればあっさりしたものだったが次の日の決勝リーグに重点が置かれているので仕方の無い所だろう。
会場は大きく二つに仕切られていて正面に向かって左がAグループ。右がBグループになっている。各グループに一つずつリングが設定されている。
そこまでは予定通りなのだが、今回はエムの人気や、スパルクの参戦、主催者側の浜岡の言わば重大なスキャンダルなどで逆に盛り上がりが凄く、ルール等に若干の手直しがあった。