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再会(2)

 ただ幸いだったのは悪名がとどろいていたせいか、金雄から二メートル以上は離れていて、それより接近しては来なかったことである。

 二人はゆっくり歩いてドアの前まで来た。二人の移動に合わせて人垣も移動した。その珍妙な移動の有様はテレビカメラによってしっかりと記録されている。恐らく編集されて、面白おかしくテレビで放映される事になるのだろう。


 金雄がドアのノブに手を掛けようとする直前、若い男のアナウンサーが決死の表情で金雄にマイクを向けた。

「あ、あのう、人の肉を食ったというのは本当ですか?」

「あんた度胸があるね。あんた一人だけ部屋に入ってくれないか。本当の事を言うから。カメラは駄目だ。それでどうだ?」

「は、はい。私、野口と申します。よ、宜しくお願いします、うううっ」

 野口は言うだけは言ったが、内心は恐怖心で一杯だった。体が小刻みに震えていて顔色は真っ青である。周囲からは誰も反論する者はなく、三人一緒に控え室に入った。


「は、果たして野口アナウンサーは生きてこのドアから出て来る事が出来るのでありましょうか。心配です、実に心配です!」

 ドアの外ではまるでホラー映画の様に、おどろおどろしい感じで実況中継がなされていた。


 七時五十分になると、

「間も無く対戦相手を決定します抽選会を行いますので、関係者の方は抽選会場までお越し下さい」

 日本語の他に英語やフランス語、中国語、スペイン語など世界の主要言語で同じ内容が次々にアナウンスされた。


 その直後に金雄の控え室から、ナンシーと金雄と野口アナウンサーの三人が一緒に出て来た。金雄の姿を見ると一斉にやはり二メートルほど後ろに人垣が下がった。


 予め打ち合わせていたのだろうか、ナンシーと金雄は、

「タタタタタッ!」

 と、走り出し、

「えーーーいっ!」

 と、人垣の上を気合を込めて二人三脚の様な形で一緒に跳び越した。ナンシーの跳躍力不足は金雄が支えて補った。


「オオオーーーッ!」

 一斉に驚きの声が上がった。


「スタッ!」

 ほぼ二人一緒に着地してから、ナンシーだけが抽選会場目指して全力で走って行った。


 何人かがナンシーの後を追おうとすると、

「追い掛けるな!」

 金雄が物凄い声で両手で拳を握り締めながら怒鳴った。追い掛けようとした数人は、ビクリとして立ち止まった。


「野口さんにざっとの事を話したから、取敢えず彼にインタビューしてくれ。ナンシーには一切インタビューはしないで貰いたい。

 試合が終ってからなら、自分が報道関係の代表者一人に限って五分程度のインタビューに応じる。以上の事を守って貰いたい。守れない者は、……地獄を見るぞ!」


 金雄は人を脅したくはなかったが、余りに報道関係者がしつこそうだったので止むを得ず、脅し文句を言った。殆どの連中はそれでしゅんとなったのだが、中に数人、

「脅されてはいそうですか何て言ってたんじゃあ、特ダネは取れないんだよ!」

 等と小声で反抗的な口を聞いている男達がいた。その内の数人はナンシーを追い掛けて走り出そうとしていた。その瞬間だった。片手でその走り掛けた男の内の一人が、襟首えりくびを持ち上げられて宙に浮いた。


 何時その男の側に金雄が寄って行ったのか、誰にも見えなかった。

「ウアーーーッ!」

 側にいた何人もが悲鳴を上げた。持ち上げられた男は息が出来ない状態になって苦しそうに手足をばたつかせている。


「これが最後の警告だ。こんな事はしたくないが、どうしても忠告が聞けないんだったら、首が明後日あさっての方を向くことを覚悟して来い!」

 やや乱暴にその男を床に下ろし、恐怖心で動けないでいるそこに集まった連中を後にして、金雄は自分の部屋に戻った。男は意識が朦朧としていて、気絶寸前の状態だった。


「誰かタンカを頼む! 医務室へ連れて行ってくれ!」

 男の仲間らしい者がそう叫んだ。ここには常駐の医者がいる。格闘技に怪我は付き物なので交替で少なくとも一人は医者がいる体制になっていた。問題なのは今回の事を刑事事件と考えるかどうかである。


「ど、どうする? 事件にするか?」

 漸く意識を取り戻し始めた男に仲間が聞いた。

「い、いや、そ、それは止めてくれ。こ、今度は殺される……」

 タンカで運ばれながら、男は仲間に苦しそうにそう囁いた。


「ああ、分かった。じゃあ今の事は自損事故ということにでもしておくよ」

「た、頼む」

 事件は表沙汰にはならなかったが、そこにいた連中が何よりも驚いたのはそのスピードだった。


『スパルクに匹敵するスピードだ。こりゃあ、エムとスパルクの戦いは見ものだぞ!』

 そう思うと同時に、やはりエムを恐れた。

『エムを怒らせたら命が幾つあっても足りない。余り刺激しない方が良さそうだな……』

 大抵の者はそう感じたのだった。

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