再会(1)
「ああ、どうぞ寝て下さい。距離的には近いのに、信号が多いので結構時間が掛るんですよ。まあ三十分もあれば楽に着きますがね。
エムさんも、もし眠いんでしたらお休みになっても良いですよ。いや、少しでも眠っておいた方が良いかも知れない。ハードな試合が続くんですからね」
「あ、いや、俺は全然大丈夫です。……しかしユミさんと翔さん上手く行きますかね」
「雨降って地固まるって言いますからね。今度の事でユミの奴も覚悟を決めるんじゃねえのかな。そりゃ人間若いうちは手の届かない上ばっかり見たりするもんですが、分相応って奴がある。
目一杯飛び上がった所に翔さんがいるのに、更にその上のエムさんまでというのは、幾らなんでも欲張り過ぎというものですよ」
「いえ、私がそんなに高い所にいる訳では無いです」
金雄はナンシーの寝顔をちょっと見てから、恐縮して言った。
「いや、いや、謙遜なさらなくても。私も以前格闘技をやった事がありまして、その関係で別れた女房と知り合ったんですが、こっちへ来てから女房に男が出来ちまって、その男と言うのが、うちのジムや流星拳に出入りしていた奴でして」
「弟子とかではないんですか?」
「それが正確に言えば違うんですよ。流星拳の人達の客人と言う感じだったな。まあそこそこ強い奴で、色んな流派を渡り歩いているらしくて、オールラウンドのヘビー級の男でした。確か金太郎、とか言う名前でした」
「ええっ、金太郎!」
金雄はまさかと思ったが、
『ヘビー級で金太郎という名前ならあの男しかいない!』
と、確信した。
「ご存知なんですか。そう言えば、南国大会でいい所まで行ったと聞きましたがね、……」
「ひょっとすると早川金太郎と言う人ですか?」
「そうそう、そいつですよ。し、知り合いだったんですか?」
「南国島行きの船に乗っていたら、いきなり襲い掛かって来た男ですよ」
「えええっ! そんな無謀な事をしたんですか?」
「ははは、競争相手を減らそうと思ったらしいんですがね。でも私に一発でやられてから改心して、今ではすっかり友人のようになっています。そういえば女房に逃げられたとか言ってましたね。自分を最低の男だとかも言っていましたよ」
「へえ、何だかしょうも無い所はあっしに良く似てますね」
「ああ、そう言われてみれば、風貌も何処と無く似ていますよ。あああ、す、済みません。べ、別に本当にしょうも無いと思っている訳じゃありませんから……」
金雄は言い過ぎたと思って、思わず顔が赤らんだ。
「いやいや、あっしは本当にしょうも無い男なんですよ。ははは、面目ない。しかし澄江も気の毒な女だ。駆け落ちまでした男が結局、元の旦那に良く似た男だったなんてね」
「うーむ、何とも言えない様な話ですね。澄江さんって方は今頃どうしているんでしょうか?」
「残念ながらそれは分からないんですよ。ひょっとすると駆け込み寺みたいな所に、逃げ込んでいるんじゃないかって言う人もいるんですがね。……ああ、そろそろ着きましたよ。しかし何時見ても立派な建物ですねえ」
「ええ、ただ私は今年初めて入るんですが」
「ああ、初めてなんですか。外観も立派ですが、なかも相当に立派ですよ」
「そうなんですか。ナンシー、着いたぞ!」
金雄はナンシーを起こしたが、寝ているナンシーを金雄が起こすのは多分これが初めてだろう。
「えっ、もう着いたの? ふぁーあっ、よく寝たわ。竜太さんどうも有り難う御座いました、じゃあまた何時の日か」
「お世話になりました。日本食、とっても美味しかったです」
「ああ、また明日会いますけど、何時でも寄って行って下さい。それじゃ、さよなら」
別れの挨拶を交わして二人は車から降りた。まだ太陽の位置は低いがもうかなり暑い。日本とは違う深い色の青空が上空一杯に広がっていた。
午前七時半頃に二人は、日本の天空会館本部に何処か似ている、屋内総合格闘場の前に立った。抽選会は午前八時からである。
午前九時から簡単なオープニングセレモニーがあってから試合は始まる。南国大会の時と同様、ど派手なセレモニーが明日の決勝戦の時にはあるようだ。
金雄とナンシーは建物の中に入ると直ぐ選手控え室に向かった。ネームの掲げてある個室がある筈である。
「それにしても豪華だな。高価な大理石とかふんだんに使っているみたいだね。豪華過ぎて気味が悪い位だ」
「浜岡、せ、先生の好みなんでしょう。確かに派手過ぎると言う声はあるわ」
二人は何とか自分たちの個室を見つけたのだが、不味い事があった。部屋のドアの前に大勢の報道陣や格闘技ファンが詰め掛けていたのだ。大半が日本人のようだった。
「あっ! エムだ!」
誰かが日本語でそう叫ぶと、忽ちその連中が駆け寄って来て、すっかり取り囲まれてしまった。