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ユミ(28)

 その後は和やかな雰囲気で今年最後の練習が行われ、夕刻になって年の瀬の納め稽古は終った。大晦日から正月三が日の四日間、道場は休みになる。道場生には日本人が多く、実家のある日本に里帰りする者も多い事を配慮しての休みである。


 金雄とナンシーは明朝ここを立って、その後はもう戻って来ない。内弟子達も今夜の夕食を最後に帰宅する。従って今夜は翔とナンシーと金雄の三人だけがここに泊まる事になる。

 明日は午前六時頃に竜太が迎えに来て、彼のジムに翔も行き、そこでユミを交えて皆で一緒に朝食を取る予定である。


 一般の道場生が帰った後で内弟子達だけの夕食があり、やがてそれも終ると、

「それでは今年一年有難う御座いました。また来年宜しくお願い致します!」

 口々にそう言って、内弟子達は各々(おのおの)の自宅に帰って行った。三人だけになるとさすがに静かである。


「今夜でお別れですね。どうです、一杯やりませんか?」

 翔の勧めに金雄とナンシーも付き合う事にした。もし身分証が無ければ何もかも話せるのだが、そうは行かない所が辛い。


 道場に付随している家屋には、緩やかな冷房が掛っているが、砂漠地帯は日が落ちるとかなり涼しくなる。従って夜には冷房が消されるのだが、今夜は曇り空のせいか、ちょっと蒸し暑かった。


「蒸し暑い夜はビールに限りますよね」

 翔がそう言えば、二人には断る理由は無い。翔は中型のジョッキを出して来て、前々から用意していたのかビールの入った冷えた小樽を持って来て、割と慣れた手つきでビールをジョッキに並々と注いで二人に渡し、

「世界選手権の優勝を祈って乾杯!」

 と、音頭を取って乾杯した。

「乾パーイッ!」

 三人は一斉に飲んだ。酒の肴は金雄とナンシーにとっては久々の魚の干物が主だった。二人は涙ぐむほどに喜んでそれを食べた。


「そんなに美味しいですか?」

 事情を知らない翔に、金雄が答えた。

「暫く日本から離れていたので、久し振りなんですよ」

「暫く日本から離れていた?」

「え、ええ、世界のあちこちで修行を積んでいたものですから」

 金雄の代わりにナンシーが何とか繕った。


「ナンシーさんもずっと一緒だったんですか?」

「はい、色々と事情が御座いましてね」

 やはりナンシーが素早く簡単に答えた。


「へえーっ、お二人の関係は恋人ですか?」

「まあ、そんな所です」

「エムさんは、プロの格闘家と聞き及んでいますが、ナンシーさんのお仕事は何ですか?」

「まあその、金雄さんの秘書の様なものですわ」

「はあ、秘書ですか。失礼ですが、給料とかはどのようになっているのですか。あのう将来私も場合によってはプロの格闘家になろうかとも考えているので、参考までにお聞かせ下さい」

「ええっ、ここを辞めるお積りですか?」

 金雄が驚いて聞いた。


「はい。貴方と二度戦って二度とも惨敗です。流星拳という小さな団体の中での王者では高が知れていることを思い知りました。

 我々の団体よりも遥かに大きい彗星拳に背を向けて、ひたすら我が道を行く事ばかり考えていたのですが、それでは井の中のかわずに過ぎません。

 本当の事を言えば、我が流派は衰退の一途を辿っているのです。いずれ彗星拳に吸収されてしまうと言う者もいる位なのです。

 いや、遅かれ早かれそうなるでしょう。恥ずかしい話なのですが、ここの経営も相当苦しいのが実情です。彗星拳の方から吸収合併の申し出があってどうしようか迷っているのですよ」

「はーっ、そうなの。傍目はためからだけでは分からないものね。でも苦しいと言えば、佐伯ジムの方も苦しいようよ」

「そうなんですよ。そこで苦しい者同士合併しようかと考えた事もあるんです。それで妙な事になったんです」

「妙な事?」

 金雄は不思議そうに聞いた。


「ユミさんと俺との関係がぎくしゃくし始めました。何だか二人が結婚すると、まるで政略結婚みたいだって彼女は言うんです。

 確かに言われてみるとそう見えるんですよね。勿論そんな積りではないのですが。そんなこんなでごたごたしている所へあなた方がやって来たという訳でして。

 タイミングが良いのか悪いのか、テレビで史上最強とか大々的に宣伝されて、その張本人がやって来たので、チャンスとばかりに自分の強さをアピールして、彼女をゲットしようとしたんですが、結果は全く逆になってしまいました。

 はははは、我ながら情けないです。すっかり目が覚めましたよ。彼女をどうしようかと考える前に己を磨かなければとね」

「はあーっ、そうなんだ。そんな事とは知らずに私、ちょっとユミさんを誤解していたかも知れない。本当に御免なさいね」

 ナンシーは事情が分かって、少しほっとして謝罪した。

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