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ユミ(27)

「いや、彼ほどの男だと、こっちも相当真剣にやる必要が有ります。うっかりすると壊してしまう恐れがあるからですよ。

 彼は軽いクラスですから、こっちのパンチなんかがまともに当ったら、それこそ骨折の恐れがある。そんな事になったら折角決勝リーグに出られる権利を手に入れても出場辞退ということになりかねませんからね」

「ほほう、大した自信だな」

 内弟子の一人が軽蔑的な言い方をした。スーパーヘビー級の杉山という男である。即座に反応したのはナンシーだった。


「あら、随分な言い方ね。だったら貴方、金雄さんとスパーリングでもしてみる?」

「良いですよ。史上最強だかなんだか知らないが、俺は今まで誰にもK・O負けをした事が無いんでね。エムさんのパワーが凄い事は認めるが、実戦でもそう行くかどうか分かりませんよ」

「ははは、杉山君、だったら昼食後に彼と一戦交えてみるかね」

 意外にもそう言ったのは翔だった。エムと対戦した事がある彼は、逆に自分が侮蔑されたように感じたのである。


「え、え、そ、それは……」

 ちょっと言い過ぎたと感じた杉山は言葉を濁したが、

「あのう、俺は構いませんよ。タフな人とも対戦してみたいと思っていたので、宜しければお願いしたいです」

 金雄は自分の言い方にも多少のおごりがあったと反省して、幾分へりくだった言い方をした。


「じゃ、じゃあ、やってみる事にしても宜しいでしょうか?」

 杉山は恐る恐る翔に伺いを立てた。

「エムさんが宜しいのであれば私に異存はありません。じゃあ昼食後に道場でスパーリングという事で」

「分かりました。審判は翔さんにお願いするという事でどうでしょう?」

「そうさせて頂きます」


 昼食後内弟子達の他に一般の道場生の見守る中、ヘッドギアなどの若干の防具を付けてのスパーリングが始まった。試合時間は何時も通り五分。


「それでは小森金雄と杉山大二郎のスパーリングを行う。互いに礼! 始め!」

 この試合では何故か金雄はゆっくりと前進した。


「オリャーーーッ!」

 気合鋭く繰り出された大二郎のパンチが金雄の顔面を捉えたかに見えた。しかし、

「ホッ!」

 ごく軽く打った様に見えた金雄のパンチが、カウンターで大二郎の顔面に炸裂。


「グエッ!」

 大二郎は仰向けに倒れ、口から泡を吹いて悶絶した。


 そんな事もあろうかと翔は密かに医者と女性看護師に来て貰っていたのである。彼等は佐伯ジムの隣の病院の竜次と、そこに勤めている時田百恵であった。


「暫く安静が必要ですね。それにしても、もう少し手加減して頂かないと!」

 竜次は金雄を叱った。

「す、済みません。がっしりした体格だったので、もう少しタフだと思ったのですが、これからは気を付けますので……」

「そうして下さい。じゃあ車で病院まで運びますので、皆さん手伝って下さい」

 道場内は随分ざわついた。余りにあっけなく決まったので、高まった気分の持って行き場が無かったのだ。


「それじゃあ今度は私がやりましょう。審判は吉川絵里さん、貴方にお願いします。時間はやはり五分。今日はスパーリングですので防具を付けさせて頂きます」

 翔はその場の雰囲気に感じて、負けると分かっていたが、それなりの作戦を考えて、金雄に挑戦してみることにした。


「はい、じゃあ審判を勤めさせて頂きます。これより小森金雄と安藤翔の、制限時間五分のスパーリングを行います。互いに礼! 始め!」


 道場内のざわつきはとにかく収まった。皆の関心は翔が何処まで持ち堪えられるかに集まった。


「ウリャーーーッ!」

 前回と同様、金雄は物凄いスピードで翔の前に走り寄って行ったが、今度は翔も心得ている。瞬間的に右前方にかわして、左足でローキックを放った。


 しかしそのローキックを金雄は飛び上がって足で蹴り落としたのだ。目にも留まらぬスピードと正確さである。


 足に痛みが走ってちょっと顔をしかめた翔だったが、右足一本で体を支えて、当然の様に繰り出される筈の左ではなく、強引に右手のパンチを繰り出した。

 予想外の筈の右手のパンチだったが、その右のパンチさえ予測していたのか、両手で素早く捕まえて金雄は関節技に持って行った。


 しかし翔は腕を引き込まれた勢いを利用して今度は頭突きを金雄に食らわした。金雄は直ぐに手を離して頭突きを間一髪で逃れ、瞬間的に翔の後ろに回り込んで、首を裸絞めにした。これは見事に決まってしまった。翔が気絶した瞬間、

「それまで! 小森金雄のK・O勝ち!」

 吉川絵里は金雄の勝ちを宣言した。翔は直ぐに意識を取り戻した。しかし試合振りの見事さに道場内は満足感溢れる拍手と歓声に包まれたのである。

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