ユミ(26)
「へえ、とうとうやったか。それでどうなるんだ?」
「国連も動き出したし、アメリカの大統領が激怒している様よ」
「そりゃそうだ、あそこはアメリカ合衆国なんだからね」
「数日中に、大きな動きがありそうだって書いてある。それともう一つ、世界の色んな所でロボットが反浜岡の拠点をゲリラ的に攻撃しているらしいわ」
「ロボットが?」
金雄には意外に思えた。
「そう。そんな事をしたらますます自分が疑われる事になると思うけど」
「ふうん、これは俺の直感なんだけど、短期決戦を狙い始めているんじゃないのかな。今まではひたすら隠して来たんだけど、隠し切れないとなったら、開き直る事は良くあることだ。
ロボットを使うという事は、逆に前に聞いたロボット兵が、何らかの理由でうまく使えない事を示している様な気がする」
「ええっ、どうして?」
「ナンシーが見たのは千体位のロボット兵だったよね」
「ええ」
「にも拘らずゲリラ的に反対勢力を直接叩くのは、余裕の無い証拠だよ。もし余裕があるんだったら、例えばホワイトハウスなんかをロボットで占拠する事も出来るんだからね」
「ふうん、そうなのかな。私にはちょっと分からないわね。……さて今回はここまでだから、シャワーを浴びてあの人達の帰りを待ちましょうか?」
ナンシーには、金雄の高度な戦略的な判断が理解出来なかったので、話を打ち切る事を提案した。
「まあそうだな。いよいよ明日は本番だから、今日の練習は軽めにしておこう。明日は早いんだよね?」
「ええ、竜太さんが迎えに来てくれることになっているわ」
「そうか。対戦相手は決まっていないんだよね?」
「そう。不正防止の為に早朝に抽選があるのよ。本人じゃなくて必ず代理人が行く事になっているから、私が行くわね」
「うん、頼むよ。……ところでナンシーにお願いがあるんだけど」
「改まって何? 私と金雄さんは夫婦同然なのよ。遠慮なんかしないで」
「悪い、今夜ベットの中でお願いするよ」
「べ、ベットの中で?」
「ああ、ちょっと言い難い事なんだ」
「まあ、金雄さんがそう言うのなら、別に構わないけど」
「そうしてくれると助かるよ。じゃあ、シャワーでも浴びて着替えるとしますか」
暫くしてロックパイルに行った連中が声高に、
「凄い記録が出たぞ!」
等と叫びながら帰って来た。
金雄とナンシーは予め決めていた通り、奥に引っ込んで聞き耳を立てていた。スパルクやマスコミの関係者さえいなければ皆の前に出て行く積りである。
「それにしても、エムさんの記録が破られるとはね。あの光速のスパルクという男も大変な男だな。まさかあんな高い所から飛び降りるとはね」
「ああ、ひょっとすると十メートル以上あったんじゃないのか。登り降りの時間はそんなに変らなかったから、高い所から飛び降りた分時間が稼げたな」
「そういう事だろうな」
「しかし今日の小雨が良かったとも言えるぞ」
「ええっ、どうしてだ?」
「雨は降り始めと、それから降り過ぎると確かに滑るんだけど、今日みたいに適度なお湿り程度だと、かえって摩擦力が増して具合が良いものなのさ」
「へえーっ、そんなものなんだ。だけど何にせよ、格闘技世界選手権が楽しみになって来たな」
「ああそうだな。ひょっとするとエムさんスパルクにやられちゃうかもな、……」
数人の男達の会話からマスコミやスパルクがいないらしい事が分かったので、二人は流星拳の面々を玄関まで出迎えた。
「お帰りなさい!」
「えっ、あ、あのう、聞いてました?」
「随分大きい声だったので聞こえてしまいましたよ」
「悪気があったのではないので許してやって下さい」
翔はリーダーらしく弟子をかばった。
「いや、別に気にしてませんから。ところでスパルクは何分位だったんですか?」
「はい、六分ジャストです」
「ああ、そうですか。ふんふん、……」
「どうしたの金雄さん? やっぱり気になる?」
「あ、いや、思ったほどは速くなかったのでね。ところで俺はスパルクとは同じ予選のAグループなんだよね」
「そう、でも前にも言ったけど、不正防止の為に改めて抽選する事になったのよ。グループの中で誰から当るかが明日の朝の抽選で最終的に決まるのよ。だから今は対戦相手の順番は全く分からないわ」
「成る程。ただ彼とは余り早く当りたくないな」
「エムさんほどの人でも、苦手なタイプがあるのですか?」
翔は半信半疑な感じで聞いた。