ユミ(24)
「はははは、確かに命を懸けるだけの価値はあるだろうよ。しかしむざむざ負けたくはない。だが、私が放った全世界にばら撒いたスパイ達が次々に捕まっている。
私の名前は出さない筈だが、多分長くは持つまい。拷問は国際法で禁止されている筈だが、責任者を後で処罰する方法でやるのに決まっている。
長くても一週間。短かければ四日か五日位で、私はお尋ね者になる恐れがある。丁度格闘技世界選手権の終った頃だ」
「私、エムという男の戦い振りを最後まで見届けたい。生で見てみたいわ。でも殺す積りなんでしょう?」
「ああ、元から生かしておく気は無い。ナンシーもだ。二人とも知り過ぎている様だしね。ここに至っては天空会館の事等どうでも良いが、お前が望むなら試合をまともにやらせてもいいぞ」
「エムにせよ誰にせよ、優勝者が地獄に落ちる様を是非見たいわね。幼い頃から暴行され続けた私のほんのささやかな楽しみなのよ。
得意の絶頂にあるものが、特に正義面した誇り高い男が落ちて行く様の哀れさは、うふふふ、ぞくぞくするほど楽しいわ」
美千代は如何にも楽しそうに言った。
「私は違うのか? 私も一応得意の絶頂にあったがな」
「ふふふっ、私と同じ目をしていたのよ貴方は。違ったかしら?」
「私の幼い頃はいじめられ通しだった。強くなりたくて天空会館に入った。そこでも随分いじめられた。しかし才能があったのだろう、五、六年で世界チャンピオンになった。だが私はそれだけでは満足出来なかった。
私をいじめた奴らに仕返しが出来なかったからね。その為には金が必要だった。何しろ相当の金持ちもいたからねえ。
私はロボットで大金持ちになって、そいつ等に土下座させても尚許さずに、ムーンシティの死の現場送りにした。その時の痛快さったら無かったな」
「ほら同じだわ。私は美し過ぎて、貴方は頭が良過ぎていじめられて来たのよ。二人とも似た様な環境に育って来たんだなって直ぐピンと来たのよ」
「それじゃあ良いんだな。一か八かの大勝負だ。勝てば世界が手に入る。負ければ無論死あるのみだ」
「はい、スリリングな展開を楽しみにしてるわよ」
二人は人生を掛けた大勝負の景気付けに、一晩中喋り続け、飲み明かした。
「ドオオオーーーンッ!」
遠くで何かが爆発する音で美穂は目を覚ました。
「何かしら? 火事?」
外に出てみると、それらしい煙がかなり激しく上がっている。
『あっちは桑山研究所のある方向だわ。距離的にも大体そうだわ。ちょっと危険だけど、行ってみよう』
美穂はトラックを走らせたが、途中から大渋滞になっていて結局側には寄れなかった。仕方無しに一旦戻って、超大型スーパーの駐車場に再びトラックを止め、スーパーに入ってそこのテレビを見た。
緊急放送があって現場が映し出されているのを見ると、間違い無く桑山研究所だった。若い男性のアナウンサーが、中年男性の目撃者に話を聞いている。
「こちらは現場の三浦です。目撃した方にお話を伺います。あのう爆発の瞬間をご覧になられましたか?」
「ご覧にも何も、大勢見ていたよ。ロボットですよ、かなり大きいロボットだった」
「ええっ! 大きなロボットがどうしたんですか?」
「ロボットが走ってやって来て、鉄砲の大きい様な奴を百メートル位離れた所から撃ったんです。そしたら小型のロケットみたいのがヒューって飛んで行って、研究所の玄関に当って、ドッカーンですよ」
目撃した男性は身振りを交えて爆発の凄さを説明した。
「成る程、ええと、それで、中に人がいたと思うのですが?」
「ええ、そう思ったんだけど、ただ怖くてね。直ぐには側に寄れなかったな。恐る恐る寄って見たら、受付の女の人だと思うんだけど、血を流して倒れていてね」
「その人はどうなりました?」
「あれは研究所の人だと思うんだけど、皆で介抱してましたよ」
「怪我人は一人だけですか?」
「見た感じじゃその様だったけどな」
すかさずテレビ局から声が掛る。
「現場の三浦さーん! 攻撃した大型ロボットはその後どうしました?」
「はい、ああそうですね。ロボットはその後どうしました?」
「ああ、ロボットは直ぐに逃げ出しちまったよ。でもあれだよ、物凄くでっかいヘリコプターに乗って逃げたみたいだよ」
「ヘ、ヘリコプターですか?」
「ああ、身長三メートル位はあるがっしりした感じのロボットだったけど、間違いないよ。乗り込む所を直接は見ていないけど、ビルの陰に隠れて間も無くヘリコプターが飛んで行ったんだから。その後、直ぐそこに行って見たら、そのロボットの姿が無くなっていたんだからね」
放送はまだ続いていたが、美穂はテレビを見るのはそこで打ち切って、滅多に入った事の無いそのスーパーのレストランに入った。
今後何が起こるか分からないので、とにかく腹ごしらえだけはしておこうと思ったのである。注文したカレーライスを食べながら、あれこれと考えてみた。