ユミ(19)
「あ、あのう、これは一体どういう事なんですか?」
「済みませんが、本人確認をさせて頂きます。これから三つの質問をしますので、お答え下さい」
「は、はい」
「貴方の仕事は何でしょうか?」
「大道ロボット屋ですが」
「貴方は私に何かを貸しましたね。それは何ですか?」
「あのう、ロボットですが」
「そのロボットの名前は?」
「プラチナ号です」
「合格です!」
「シューッ!」
音がして前のドアが開いた。分厚い合金の壁が三重にもなっている厳重なものだった。爆弾でもそう簡単には破れないだろう。その先にニコニコ笑っている白衣姿の桑山所長が居た。
「いやあ、申し訳ない。これ位厳重にしないと、冗談ではなく本当に刺客が来る恐れがあるのでね。近頃では自爆テロなどという物騒な連中もいるので、最大限のチェックをしているのですよ」
「でも、さっきの質問の答え位じゃ、例えば私を捕まえて、拷問にでも掛ければ、聞きだせるんじゃありませんか?」
「はははは、答えが正しいかどうかを問題にしている訳じゃないんですよ」
「ええっ! それはどういう事なんですか?」
「反応時間を見ているんです。それと顔の表情とか、仕草とかをね」
「反応時間と顔の表情とか、仕草?」
「そうです。答えを暗記してきた場合には、変に早かったり、或いは逆に遅かったりするし、顔の表情も無表情だったり、態度にも落ち着きが無かったりするものです。
一言で言えば安定しないのです。貴方の答えは確かに多少の緊張感はありましたが、ゆっくりと安定していて普通の会話になっています。だから合格なのです」
「へえーっ、そこまでは考えませんでした」
「まあ、それ程今度の事件は大変な事だという事になります。しかしご安心下さい。ふふっ、成果は着々と上がっていますよ」
桑山雄二は自信有り気に笑みを浮かべた。
「既に主要各国首脳に連絡が付いています。現在浜岡のスパイ狩りが行われている真っ最中です。勿論極秘裏にです。ただ野々宮君のホームページに残されたデータが膨大で、しかも暗号化されているので全部の解読にはもう少々時間が掛ります。さて、それでは美穂さんのお話をお伺い致しましょう。そちらにお掛け下さい」
「はい。じゃあ座らせて頂きます」
美穂は桑山雄二に勧められて透明なプラスチック製の椅子に座った。見た目より柔らかく、すわり心地は良かった。やはり透明なデスクを挟んで雄二も座った。
部屋の中には多数の情報機器が並んでいる。数人のオペレーター達が、脇目も振らずに画面に首っ引きでしきりに操作を続けていた。ちょっと目を引くのは、やや旧式のロボットが何体かあることだった。
「あのう、ホットコーヒーはお飲みになりますか。紅茶の方が宜しいでしょうか?」
「ええと、それじゃあ、ホットコーヒーを」
「はい。ホットコーヒーを二つ!」
雄二が振り返って言うと、キャタピラの付いた足を持つロボットが、器用にお盆にコーヒー二つと、ミルクと砂糖を載せてやって来た。
「ドウゾ、オノミクダサイ」
少しぎこちない言葉だが、ちゃんと動作と一致させて、女性の声で話しかけて来た。
「はい。頂きます」
「はははは、どうも旧式の給仕ロボットでね。たまに零すんですけど、今日はちゃんと出来た様だな。このロボットに比べるとプラチナ号の方が遥かに水準が高い。
さすがにロボット王、等とも言われる浜岡博士の作ったものだけはある。彼はそれによって巨万の富を得た。しかしその為に世界制覇の野望に取り付かれてしまったんです」
「世界制覇ですか。うーん、それと関係があるかどうか分かりませんが、……」
美穂は金雄のことを、自分との特にプライベートな部分は削除して、かなり詳しく伝えた。
「それでこの間のテレビにクリスマス特集として出演していました。それでいて私に何の連絡もないのです。私には分かるんです。彼は連絡したくても出来ない状態にあるという事が。
多分盗聴されているんだと思います。彼の側に浜岡博士と関係のあるナンシーという女が張り付いている事からも分かります」
少し前までは尊敬していたナンシーを今はあしざまに言った。激しい嫉妬がそうさせている。
「ふーむ、まてよ、そうか、余りはっきりはしていないのですが、野々宮君のデータの中に格闘技世界選手権の事も載っていた様な気がします。今日中に調べて置きましょう」
「お願いします。それと私は彼の試合を見にオーストラリアに行きたいのですが、何故だか渡航許可が降りません。私には犯罪歴はない筈ですから普通は考えられないのですが」
「ふーむ、恐らくは浜岡が圧力を掛けているのでしょう。それも早急に調べて置きます」
「どうか宜しくお願い致します」
「いいえ、こちらこそ貴重なお話をして頂いて、本当に有難う御座いました。お住まいは、相変わらずあのトラックですか?」
「はい、私の家はあれしかないんです。実家の両親とは、前の夫と離婚後、絶縁状態が続いておりますので……」
美穂は言い難そうに言った。