ユミ(17)
「はい、仰る通りです。この際はっきりさせて置きますが、いろいろ事情がありまして、ユミさんの申し出を受ける事は万に一つもない、と言わざるを得ないのです」
ユミの顔は一瞬曇ったが、どこか引っ掛りのある金雄の言い方に、
『変な言い方だわね。きっと何か深い事情があるのよ。とすればチャンスは少しだけどあるかも知れないわ!』
そんなふうに前向きに考えて、気を取り戻した。
三人は純和風な住宅に靴を脱いで上がり、居間に通された。
「ちょっと一服つけてお話ししてから眠りませんか? お酒も御座いますが……」
「折角だからお茶を頂きましょう。お酒は今夜はちょっと遠慮しておきます」
金雄の一言で、お酒ではなく、お茶とお茶菓子になった。翔が声を掛けると、内弟子らしい二人の若い女性がお茶とお茶菓子を盆に載せて運んで来た。
「この二人は内弟子でして、まあ、接待係も兼用しております。接待にごつい男性だと、女性の来客の時に、心なしか嫌がっている様に見受けられることがありますので、そうして貰っています。
しかしこの二人の腕は相当なものですよ。そんじょそこらの男性より遥かに強いです。こちらが福沢花江さん、それから少し背の高い方が、吉川絵里さん」
恋敵と同居している様な状況なのだが意外に話が弾んだ。接待係の二人の女性には先に休んで貰って、全員が休む事になったのは午前二時を過ぎてからだった。
ちょっと困ったのはユミの眠る場所だった。今までだったら翔と一緒に寝ていたのだが、あそこまで宣言したのでは具合が悪かった。
「それじゃあユミ、いやユミさん、俺はここに寝るから、君は私の部屋で寝るといい。勝手は知っていると思うからね。適当に布団を敷いて休めば良いよ」
「わ、私がここに寝ますから。済みませんけど毛布を貸して頂けませんか?」
「はははは、本当に強情な人だ。一度言い出したら後に引かないその性格が気に入っているんだけどね。じゃあ毛布を持って来るから。ここでお休み下さい、ユミさん」
「はい、そうさせて頂きます」
何とか丸く収まって、何事も無く夜は深け、やがて朝が来た。
丁度その頃、地下二千メートルの都市、ムーンシティでは大変な事が起こっていた。その報告はオーストラリアの別荘にいる浜岡に伝えられた。
「浜岡先生、大変な事になりました。エレベーターが、全部のエレベーターが停止してしまいました。現在その原因を調べていますが、どうやら野々宮が絡んでいるようです」
リストバンド型携帯テレビ電話を使って、新任警察部長のピアッサーが、緊迫した表情で報告して来たのである。
「く、くそう! また野々宮か! 野々宮の捕獲はまだ出来ていないのだな!」
「はい、生きたままの捕獲と言う指令ですので、迂闊にエレベーターの通路の横穴に取り付けられているドアを爆破出来ずに、てこずっています」
「そうか、しかし奴を生かして置く理由は無くなった。死んでも構わん、強引にドアを突破しろ。それから生死の別なく、捕えろ。もし遺体が粉々にでもなったら、奴である証拠を示せばそれで良い」
「はい、分かりました。早速その様に致します。それでは失礼致します」
「他に何か変った事があったら、また直ぐ知らせてくれ」
「はい、了解致しました」
ピアッサーは全く従順に浜岡に従った。余程浜岡を信頼しているのだろうが、彼は浜岡にとって単なる使い捨ての道具に過ぎなかったのだ。だがその事には些かも気が付いては居ないようである。
『しかし不味い事になった。全てのエレベーターの故障だと! 何時の間にそういう細工をしたのだ。恩義を忘れ、数千億単位のピンはねをしたから上級市民になれなかったのに、それを逆恨みしたのか!
早いうちに処分して置けば良かったのだ。莫大な金の使い道をもっと徹底的に調べれば良かった。どうせギャンブルと女に使い果たしてしまったのだろうなどと単純に考えたのは、私らしくも無い! ええい、癪に障るやつめ!』
浜岡の渋い顔を見て、
「ムーンシティで何かあったのですか?」
浜岡の愛人、東郷美千代が心配そうに聞いた。
「ああ、エレベーターが全部動かなくなった。野々宮がやったのだ。さっさと消して置けば良かったのだが、ムーンシティ建設の偉大な功労者の一人だったから、少々の裏切りに目を瞑ったのがいけなかった」
「エレベーターが動かないと、地下都市のムーンシティに備蓄してあるロボット兵、一万体が使えませんわね」
「ああ、宝の持ち腐れになる。百兆ピースの予算を使い、二十年の歳月を掛けて作った私の最高傑作だ。ここの別荘の地下にも数百体はあるが、それだけでは力不足だ。通常兵器なら相当持ち堪えられるが、さすがに核兵器を使われたらお終いだ」
「エレベーターの復旧の見込みは?」
美千代は冷静に聞いた。