ユミ(16)
「ナンシー、外の様子が変だぞ。ひょっとするとマスコミの連中に見付かったんじゃないのか? それとも野次馬かな?」
「もう、こんな大事な時に! ははーん、誰かがチクッたのね。ああーっ! これじゃエッチ出来ないわ!」
エッチは諦めて二人一緒にカーテンをほんの少しだけ開けてちょっと外を覗くと、マスコミではなく野次馬達が手に手にカメラを持ってうろうろしていた。
マスコミが押し掛けて来るのは時間の問題の様に思われた。何処から二人の情報が漏れたのかは知るよしもないが、衛星からの追尾システムが普及している時代である。
その気になれば調べる方法は幾らでもあった。ただマスコミより野次馬が早かったのはやはり誰かエムを恨みに思っている連中の、仲間内の者へのチクリなどがあったのだろう。
「エムさん、ナンシーさん、起きておられますか?」
ドアの外から竜太の声がした。
「あ、はい。起きていますよ」
金雄とナンシーの二人は慌てて服を着た。
「どうやら野次馬連中にここを嗅ぎ付かれたみたいなんですがね。翔さんと連絡を取ってみたんですが、どうでしょう、今から出掛ける事にしてもいいでしょうかね。彼の方はオーケーだと言っておりますが」
服を着終わったのでドアを開けて話をした。
「どうするナンシー? 迷惑かも知れないが、今のうちなら何とか動けそうだ。だけどもう少しすると野次馬の他にマスコミまでやって来て、身動きさえ大変になりそうだ」
「ええ、そうしたいけれど、野次馬連中も後をつけて来そうで……」
ナンシーは如何にも困った様に顔をしかめて言った。
「それなんですが、流星拳の道場までは一本道に近いんでね。街中なら自信があるんですが、あっしの運転では野次馬連中の追跡を振り切れないと思うんですよ。
ちょっとあれなんですが、ここはユミに運転して貰うことにした方が良いんじゃないかと思うんです。どうでしょうか……」
「ええ、私に任せて下さい。この際、惚れたはれたとは別ですから」
ユミはレーサー風なつなぎの服を着て現れた。もうすっかりその気になっている。
「わ、分かりました。ナンシー、ここは目を瞑ろう。ユミさんに頼るしかないよ」
「金雄さんがそう言うのなら、よ、宜しくお願いします。あのう、竜太さんは?」
「あっしは留守番ですよ。と言うか、ガレージのシャッターを開けるのに人手がいるのでね。電動じゃなくて、手動なんですよ。
いずれは電動にしようと思っているんですが、まあ、それはいいとして、あっしが開けたら一気に突っ走って行って貰いますから。……それじゃあそういう事で決まりですね」
ユミの乗用車のトランクに、着替えなどの荷物の入った鞄を入れてから二人は乗り込んだ。
「短い間でしたがお世話になりました。どうも有り難う御座いました」
「ああ、エムさん、お礼は良いですよ。これはれっきとした仕事なんですから。ただお代はどうしようかと。一月一日までの分を先払いで貰っちまって……」
「うふふふ、別に気にされなくても、こっちの一方的なキャンセルなんですから。それにまた来ないとは限りませんわよ」
「成る程ねえ。じゃあその時の分として預かって置くという事で……」
「ええ。それじゃそろそろ……」
ナンシーの言葉を受けて竜太が、
「よっしゃ、それっ!」
「ガラガラガラッ!」
シャッターを一気に開けると、
「グオォーーーン!」
爆音を轟かせてユミの車はガレージを勢いよく飛び出し、
「キキキィーーー!」
タイヤを軋ませながら、ハンドルを切って車道に出ると、そのままぐんぐん加速して一路東へ向かった。エムが逃げ出した事に気がついた野次馬達は次々に車に乗り込んで後を追い掛けた。
しかしさすがにユミの車に追いつけるものは無く、遂に振り切った。コーナーを数回曲がっただけの単純な道なのだが、流星拳の道場に付属しているガレージに車を入れて、素早くシャッターを下ろして貰うと、目当ての車を見失ってしまい野次馬達の車は追跡を諦めるしかなかった。
野次馬達が行き過ぎたのを見計って、翔の案内で車から降りた三人は、ガレージから一旦外に出て、道場に付属している住宅へと向かった。ユミの暴走運転(?)に少し慣れたのか、金雄もナンシーもさほど具合が悪くはならなかった。
「ふう、相変わらずユミさんの運転は凄いね。直線は百二十キロ以上だよね」
「ええ、普通なら大幅なスピード違反なんだけど、この近郊だけは速度制限が無いのよ」
「ああ、そうなの? それは知らなかったわね。でも他の車にぶつかるかと思って冷や冷やしたわ」
「あれでもちゃんと余裕を持って運転しているのよ。安全運転第一だわ」
「ぷっ! あ、あれが安全運転ですか? いやあ、参ったね。ところで翔さん、勝手なお願いで申し訳ないです」
「いや、気になさらないで下さい。関り合ったのも何かの縁ですから」
「本当に御免なさいね。誰かさんが変な事を言い出さなければ、もっと気楽に来れたのですけれど」
「いいえ、私は余り気にしていません。エムさんもその気だったら、決闘を申し込んでいる所ですが、まあ勝ち目はありませんが、エムさんにはその気は無いようですし……」
翔は複雑な表情で言った。