ユミ(12)
「元々こっちに来る事に反対だったのを私が強引に連れて来たもので、それに最初は今よりもっと経営状態が悪かったですからね。
生活が苦しい上に異国での子育てに疲れ切ったんだと思います。言葉も分かりませんし、借金がかさんでその日の生活にも事欠く有様でしたから。全部私が悪いんですよ」
竜太は自分を卑下している様だった。
「そんな事ない! 道場生の一人と駆け落ち同然に日本に逃げ出すなんて。でもその後でここは大繁盛した。サンドシティは毎年一万人位ずつ人口が増えているのよ。去年新しいジムが出来るまではそれはそれは賑やかだったんだから。
でもね噂では一緒に逃げた男というのが酷い男でね、何かというと暴力を振るうとんでもない奴らしいわよ。結局別れちゃったみたい。その後は音信不通ですけど」
ユミは父親を擁護して言った。
「なんだか不味い事を聞いたみたいですね。済みません朝っぱらから」
「いいえ、それよりじきに安藤さん達が来ると思いますから、お茶を飲んだらエムさん、支度して下さいね。今日の試合を見に流星拳の人達も何人か来るわ。
それとこの間テレビでやった事をここでもう一度再現して貰えないかしら。バット折と瓦を割るのはそれ程散らばらないし、お願い出来るかしら?」
ユミは未だに金雄を疑っている様である。
「ユミ失礼だぞ。まだ信用していないのか?」
「そ、そんな訳じゃあないのですけれど……」
「あははは、別に構いませんよ。ただ経費の方は大丈夫ですか? むしろそっちの方が心配です」
「大丈夫ですわ。格安で手に入りましたから。流星拳の門下生の中にスポーツ店を経営している人が居ますので」
「済みませんエムさん、どうにも強情な娘でして。こうと思ったら後に引かないんですよ」
「いえいえ、納得出来ないのなら出来るまで突き詰めるというのは、決して悪い性格ではありません。ただ今日の対戦相手というのがちょっと分からないのですが。誰なんですか?」
「多分、もう一時間位したら来ると思います。その前に試割りの方お願いします。今お茶に致しますから、その後で……」
「はいはい、じゃあ、お茶とお茶菓子の方宜しく」
金雄はユミの強情さに半ば呆れたが、あらたまって見たその横顔の美しさに少々驚いてもいた。
『なるほど、確かにナンシーが心配するほどの美形だな。しかしれっきとした彼氏がいて、しかもその彼の為に何か必死な感じがする。ふう、俺の付入る隙は微塵も無いじゃないか。ナンシーよ、全く心配無用だぞ!』
お茶菓子を食べ、美味しいお茶を啜りながら金雄はそんな事を考えていた。
朝食後ゆったりと寛いで、それも終る頃に安藤翔を始めとする流星拳の主なメンバー達がやって来た。金雄もユミもそれぞれの支度を大急ぎで始めた。
ユミは予め支度しておいた紐で縛ったバットや瓦を竜太に手伝って貰って用具部屋から出して来た。バットは三本ずつ縛ってある。
「じゃあ、先ずバット折に挑戦する人はあるかしら? ……、エ、エムさんしかいないの?」
ユミは良く知らないのだ。そんな事が出来るのは世界でもほんの数人しかいないことを。バットが折れなければ足の骨が折れる恐れがある。余程の自信がなければやれない事であったのだ。
「じゃ、じゃあ、エムさんお願いします」
ユミは少し元気無く言った。
「ほいっ!」
二人掛りで両端を押えたバットはあっけなく折れた。
「おーっ! やっぱり本当だったんだ。このバットはユミさんが支度したんだからトリックなんか無いよな」
流星拳の面々は驚きの声を上げると共に、口々にそう言い合った。
ユミはちょっと悔しそうにしながら、
「今度は瓦二十枚割に挑戦する人は無いかしら? 体のどの部分を使ってもいいわ」
「俺が頭でやってみる」
「私は鉄槌でやってみましょう。手刀ではちょっと難しいが、握ってだったら何とかなるかも知れない」
それには何人かが挑戦した。しかし二十枚全部割れた者は無かった。十五、六枚が限度のようだったのである。それもまた金雄は比較的無造作に割った。
「どっせい!」
凄まじい手刀だった。一気に一番下まで割れたのが分かった。ユミは更に落ち込んだ。
「翔ちゃん、無理?」
「ああ、俺はどちらかと言うと試割りは苦手でね。と言うよりもこれは破壊力の誇示だ。つまり攻撃力を意味している。流星拳はあくまでも防御の武術。趣旨が違うと思う」
「そ、そうよね」
翔の言葉を肯定しながらも、何故かユミは萎んで行った。暫くその場を片付けていると、対戦相手が到着したようである。