ユミ(10)
「ユミ、おめえ一体何を考えているんだ? ここまで言ってもなお分らねえのか?」
「ユミさん、もういいでしょう。私は納得していますよ」
「で、でも……」
竜太と翔はユミを説得しようとしたが聞き入れなかった。
「俺は別に構わないですよ。誰とでも戦いますから」
金雄のその一言で話しは決まった。それから間も無く雲行きの怪しくなった一家団欒(?)は終了した。
その夜は一つの部屋に金雄とナンシーは泊まったが、遮音がしっかりしていなくて声が外に筒抜けで、とてもエッチは出来なかった。
それに暴走運転も含めて何やかにやがあり、二人とも随分疲れていたので朝までぐっすり眠った。しかし朝の目覚めは二人にとっては最高だった。何しろ二人を起こしたのは味噌汁の匂いだったのだから。
小笠原美穂にとっては同じ朝の目覚めでも憂鬱な日が続いている。クリスマス特番を見て金雄の健在振りが分かってほっとしたが、側にいたナンシーと如何にも親しげで、既に友人以上の関係にあるらしい事が見て取れた。
金雄の身を心配する事以上に激しい嫉妬心が沸き起こって来た。こうなったらオーストラリアに行って直接彼に会うしかない、と思ったのだが妙な事になったのだ。
『どうして私はオーストラリアに行けないの?』
トラックの中で目覚めた彼女の最初の思いはここ数日そればっかりだった。彼女は勿論知らなかったのだが、浜岡の強力な圧力によって、国外に出る事が出来なかったのである。
クリスマスの翌日に海外渡航手続きの申請をしたのだが、
「申し訳御座いませんが、特別な事情によって貴方は海外には行けません。またその事由は申し上げられません。国家の機密事項に属する事なのでお答え出来ないのです」
と、丁重に断られた。それを覆すのには裁判を起こす必要が有り、どんなに早くても三ヶ月は掛るとの事だった。これでは金雄の試合を直接会場で見る事が出来ないし、会うことも出来ない。
金雄からの送金で生活は経済的には楽になったが、大道ロボット屋の商売の方はイマイチ芳しくなかった。将来のことを考えると以前の様に高級なレストラン等に行けないので、最近では早い安い美味いがモットーの『皆様屋』と言う食堂の常連客になっている。
全世界的規模のチェーン店で、そこの日替わり定食は四百ピースぽっきりで、ボリューム、栄養、味の良さ、と三拍子揃った中々の食事が出来るのである。
朝食と夕食はそれにして昼食は別の店のこれも安さが自慢のラーメン屋に入るのが日課の様になっている。今朝も『皆様屋』の朝食を食べている時だった。
「お客さん、これ預かっているんですが。割合若い女の人が渡してくれって。その人も頼まれたみたいでしたけどね。ええと、お名前は小笠原美穂さんですよね?」
幾分時間が外れている事もあって、たった一人で営業しているおばちゃんに、差出人の分からない手紙を渡された。何回か通っているうちに名前や仕事などをそのおばちゃんには話していた。
「はい、あれ? また金雄さんからの手紙かしら?」
彼女は時折、ナンシーからの金雄からと偽った手紙を受け取っていた。以前はちょくちょく出入りしていたカラオケ屋のゴールドスター宛にして貰っていたので、そこで手紙を受け取っていた。
最近は手紙が来ているかどうかを確かめる為にだけ、時々寄ってみている。勿論義理で少しは食べたりするのだが。しかし『皆様屋』第1595号店から手紙を受け取ったのはこれが初めてだった。
「誰かしら?」
封筒を開けてみて驚いた。
『何てまあ細かい字なのかしら。私は目が良い方だから読めるけど普通なら虫眼鏡が必要だわね』
A4位の用紙一枚にびっしりと書かれている内容の要約は次の様なものだった。
美穂さん、これを読んだら封筒ごとトイレの水洗で流して下さい。水に良く溶けるので心配は要りません。以下は絶対秘密です。記憶して下さい。メモを取ってはいけません。文字が細かいのは盗撮されても内容が分からない様にする為です。
貴方からお預かりしたロボットのプラチナ号のおかしな部品について漸く解読が終りました。もっともパスワードが分からなくて難儀したのですが、かつて一緒に働いた事のある野々宮君からの連絡でと言うより、彼が自分のホームページのパスワードの更新をしなかった為に、逆に彼のホームページのプロテクトが解除されて誰にでも読める様になったのです。(更新しないと自動的にプロテクトが解除される様になっていたようです)
その中に一連のパスワード群があり、その内の一つが特殊チップの解読に必要なパスワードになっていたので分かったのです。
『えええっ! やっぱりとんでもない事になっている!』
美穂は文面に驚き、恐怖心さえ感じながら更に読み続けた。