ユミ(9)
「というと?」
ナンシーが素早く聞き返した。
「クラスの違いを考えなくっちゃ駄目なんじゃないかって思うんですけど。エムさんは最重量級、つまりスーパーヘビー級よね。
でも翔ちゃんは本来は中量級、つまりミドル級なんです。今は少し体重がオーバーしていますけど、流星拳の大会の時はもっと体重を絞ってミドル級に出ているんですよ。
規模は小さいけれども一応世界大会があって、三年連続の世界チャンピオンなんですよ。もし同じ体重だったら翔ちゃんがひょっとしたら勝つんじゃないかって思っています」
「よさないかユミ! 負け惜しみに聞こえるぞ!」
翔がやや強い口調で言った。普通はさんを付けるのだが、ムッとして呼び捨てにしたのである。それでもユミはそう簡単には引き下がろうとはしない雰囲気である。ナンシーはすかさず反論した。
「金雄さんの体重はヘビー級なのよ。手違いでスーパーヘビー級になっちゃったけどね。ちょっと話は違うけど今度の世界選手権のスーパーヘビー級は面白い事になるわよ。
一度位は名前を聞いた事があると思うけど、軽量級の雄、光速のスパルクが出場するのよ。ミドル級の選手もいるし……」
「へえーっ! そいつはたまげたな。まるっきり無差別級じゃねえか。しかしユミ、本来は流星拳も無差別級だったんだぞ。
それを時流に合わせて体重別にしたけど、本来の趣旨から言えばやっぱりエムさんの勝ちという事になる。流星拳も近い将来無差別級に戻そうという話が出ている位なんだからな。しかももう来年からでもそうしようかというくらい話が進んでいるんだ」
「そ、そうなんですか。知らなかったわ」
ユミの顔は少し曇った。状況が自分に不利な様に思えた。
「しかもだ、それを言い出したのは俺と翔君なんだ」
「ええっ! 本当ですか?」
ユミは目を丸くして驚いた。
「ああ、ユミさんには、決まってから言おうと思っていたんだけど、せっかくだから概要をお話しておきましょう。その前に食器類を片付けて、お茶にして下さい。お客さん達にお菓子を出して頂けませんか」
「は、はい」
ユミはすかさず立って、竜太と共に茶碗や、皿等を片付け始めた。金雄やナンシーも片付け位は手伝おうとしたが、
「お客さん達は座っていてくれませんか。この分の御代も頂戴しているもんで、けじめを付けさせて頂きたいんですが。今後とも料理を出したり後片付けをしたりするのは私共で致しますから。
ナンシーさんのご好意に甘えて余分に御代を頂いているので心苦しいんですよ。有り難い話なのに勝手を言って済みません」
金雄とナンシーは顔を見合わせて、竜太に従う事にした。彼の苦しい心情が理解出来たからでもある。テーブルの上が空っぽになるとユミはその上を布巾で丁寧に拭いた。
それからこれも懐かしい駄菓子類が浅めの竹篭に山と詰まれて出された。次に出された茶碗も注がれた緑茶も、別に高級な物ではなかったが、ナンシーも金雄も、懐かしさの余り感涙に咽んだ。
ナンシーは家族と一緒にいた小学生の頃の、金雄は母親と二人で大樹海にいた頃の、在りし日の平穏な一時期を思い出していたのである。
二人が何とか平静さを保てる様になるのを待って翔は話し始めた。
「本来我等の流派は護身の術として発展して来た古くからの武術なのです。とすれば小の者が大の者の攻撃から身を守れなくては困る。
護身は小なる者にこそ必要なのですから。その趣旨からすれば体重別というのは意味の無い事です。私は前々からその事に疑問を感じていて佐伯さんと何度か話し合っておりました。
幸か不幸か私はこの流派では最強と言われ、私より重いクラスの人ともここ三年程の練習試合では負けた事が有りません。
その事が無差別級推進の切っ掛けになったことは否めないのです。私は天狗になっておりました。井の中の蛙大海を知らずとはこの事ですね。
エムさんとの試合で目が覚めました。しかし無差別級に対する思いは今も変っていないのです。聞けば今度の格闘技世界選手権のスーパーヘビー級では事実上の無差別級になるとの事。強い関心を持って見させて貰います。決勝はテレビでも放映されるのですよね」
「ええ、元日の夕方からの放送になります。大会そのものは既に始まっています。軽いクラスの女子から始まってそれが終ると男子が始まるのですが、なんと言っても人気は男子のスーパーヘビー級なんです。
女子は参加人数が少ない事もあって二日で全日程を終えるんですけど、男子の他のクラスが一日に一クラスなのに対して、スーパーヘビー級に限って今年からなんですが二日に分けて行われます。大晦日は午前中から試合が始まります……」
暫く話を聞いていたユミだったが、意を決した様に言った。
「あのう、エムさんにお願いがあります。この目で確かめたいんです。貴方が本当に翔ちゃんより強いのかどうかを。色々お話を伺ってもまだ納得が行かないんです。明日の午前中にここである人と対戦して貰えないでしょうか?」
ユミの発言は皆を驚かせた。