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ユミ(6)

「うふふふっ、面白いものですわね、史上最強の男が車の振動には簡単に負けちゃうのですから」

 ユミは何か余裕のある言い方をした。しかもどこかに刺がある。ナンシーはちょっとムカついて反論しようとしたが、

「ところでユミさん、車の運転をしている時と今とでは随分、態度が違う様な気がするんですけど?」

 と、車の運転に絡めて暗に反発してみせたに止まった。これ以上言っては喧嘩になりそうである。


「ああ、申し訳御座いません。車を運転すると、人格が変るって皆さんに言われております。自分でも分かっているのですけど、どうにもならないのです。本当に済みませんでした」

 ユミは軽く受け流す様にサラサラと謝った。どうも本心では謝っていない様に感じられた。


 間も無く金雄が青い顔をして戻って来た。それとほぼ同時に、何台かの乗用車がやって来た。どうやらナンシーファンの面々らしい。ユミの案内で皆はぞろぞろと佐伯ジムの中に入って来た。

 金雄もナンシーも聞いていたのだが、その通りに設備が如何にも古くてオンボロだった。サンドバックの継ぎはぎが何よりもそれを物語っている。


 それでも和気藹々(あいあい)の雰囲気の中、自己紹介をし合って一段落つくと、

「間も無く父も戻ると思いますが、それまでせっかく史上最強の男、エムさんがおられるのですし、ご覧の通り立派なリングもあるのですから、何か演武でも見せて頂きましょうか?

 それとも誰か彼に挑戦する人はいませんか? 今彼は車に酔って弱っています。今がチャンスですよ。どなたか挑戦される方は居りませんか?」


 ユミは自分のジムの宣伝も兼ねて、そう提案した。ナンシーはちょっと呆れた。確かに金雄の体調は万全ではないが、それでも素人に負けるほど弱いと思う者はいないだろうと感じていたのだ。

 しかし彼女の考えとは裏腹に、手を挙げた者が二人も居た。しかも更に一人、非力にさえ思える佐伯ユミ自身も手を挙げたのである。


「うっふっふっふっふっ!」

 ナンシーは思わず噴出して笑ってしまった。

「体調が悪いからといっても、新品のサンドバックを一撃で蹴破れるほどのパワーを持っているのよ。まともにやったら大怪我をするわよ」

「あらっ! あれはトリックでしょう? 私はここの娘だから良く分かるんだけど、新品があんな風に破れる事なんか絶対無いわ。

 あの番組は世界格闘技選手権大会の宣伝用に作られたんだから殆どがトリックだって、ジムに練習に来ている人達が話していたわよ。私もそう思うわ」

「ええっ? トリックなんかじゃないのに……」

 ナンシーは困った。声高に否定するとますます疑われそうである。試しに他の連中にも聞いてみる事にした。


「あ、あのう、正直に言って欲しいんだけど、この間のクリスマス特番の、エムの映像をトリックだと思う人は手を挙げてみて」

 ユミも含めて五、六人の手が挙がった。熱烈なナンシーファンである彼等が嘘を言っているとは思えない。半数近い人間があの番組の映像を信用していないのだ。


「どうする、金雄さん。戦ってみる?」

「うーん、素人の人に怪我をさせちゃ不味いよ。何か演武でもすれば良いかな……」


 二人が思案している最中に、

「やあ、遅れて済まなかった。あいつ等をまくのに手間が掛ったが、何とか逃げ切ったよ。話は途中からだったけど聞かせて貰ったよ。じき安藤あんどう君が来るから、彼と手合わせさせてみればどうかね、ユミ」

しょうちゃんが来るの? へへへ、彼は強いんですからね。ただ流儀が違うので、大会には参加していませんわ。彼がトリックだって言ったらトリックに違いないわ」

「ふうん、その安藤とかいう人がトリックだって言ったのね。それじゃあ決まりね。でもルールが不統一では都合が悪いから、どうしましょうか?」

「どんなルールでも受けて立つぞ!」

 厳しい口調で入って来た青年は、安藤翔に違いなかった。既に道着を着ている。上下共に裾が長いので古武道の流れを汲む流派らしい。


「ご紹介いたします。彼は流星拳の師範をしております、安藤翔六段です。格闘技に対する思想の違いから、世界格闘技選手権には参加しておりません」

 ユミは格調高く彼を紹介した。


「こちらは、小森金雄。エムの方が分かりやすいかしら。厳密に言えばどの流派にも属していません。ただ恐ろしく強い事は私が保証いたしますわ」

 どうやらユミは翔の恋人、俗に言う『彼女』の様である。男同士の対決の前に『彼女』同士の火花が散っていた。しかし彗星拳は有名だが流星拳は余り知られていない。


「申し訳ないのですが、流星拳というのを私は知らないのですが?」

 金雄は恐縮しながら言った。

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