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ユミ(5)

「浜岡の方はどうする? それにしてもナンシー、浜岡先生って、先生を付けては言わなくなったな」

「彼を先生とはもう呼べない。カランに対して、あんな事をするなんて! あっ、うっ、む、むにゃむにゃ……」

 激高して、声が大きくなったので、ナンシーは慌てて寝言の振りをした。


 少し間を置いてから、

「ご、御免なさい、つい大きな声を出して」

「うん、気を付けた方がいい。それでどうする積りだ?」

「大丈夫、身分証を身に着けてから、うまくやるわ」

「ああ、分かった。任せるよ。ところでその安川君とかに何処まで話したんだ?」

「そうねえ、三分の一位かな。地下のムーンシティの事は一切言ってない。彼等と話をする時は原則として私のいる時にして。

 大丈夫な事は私が肯くし、そうで無い時は私が代わりに受け答えをするわ。私のいない時は迂闊うかつな事は言わない様にしてね」

「うん、分かった。ふう、まだまだ沢山の事を話す必要が有りそうだけど、さすがに眠くなって来たよ。残りはまた明日という事でどうだろう?」

「ええ、そうね、私も眠くなって来たわ。それじゃお休みなさい」

「ああ、お休み」

 随分遅い就寝だったので目覚めが遅く、結局朝のバイキングは食べられなかった。幸いエム目当ての野次馬達にまだ気付かれてはいなかった。


 しかし本館の最上階のレストランで昼食を取っている間に、他のお客やウェートレス達が、しきりに金雄を見ていたので、マスコミや野次馬達に嗅ぎつかれるのは時間の問題に思われた。


 ナンシーは佐伯ユミの父親、竜太りゅうたに連絡して車で迎えに来て貰う事にした。タクシーでは秘密が保たれないと思ったのだ。

 三十分ほどして竜太がサファリカーで迎えに来た。挨拶もそこそこに車に乗り込んで直ぐ出発した。マスコミの連中が僅か十秒遅れてやって来た。

 レストランの関係者かお客からの通報があったのだろうが、直ぐサファリカーに乗っているエムに気が付いて後を追って来た。一般の野次馬達の車もそれに続いた。


「不味いな、気付かれちまった。ヘヘへ、そんな事もあろうかと、娘に別の場所に待機して貰っていたんですよ。今ビルの角を曲がるからそこで直ぐ降りて下さい。娘の車に乗って行けばいい。

 窓にスモークが十分掛っているからあいつ等には見えないし、小路こうじを通って反対方向に行くから、先ず分かりゃしませんよ」

 竜太は自信満々で言った。


「ただ、運転が乱暴なのが玉にきずでして、しっかり掴まっていて下さい。そうすればまあ大丈夫ですから。ああ、ビルが見えて来ました。そろそろシートベルトを外して準備して下さい」

 竜太は娘の運転の乱暴さを注意すると、車を降りる準備をするように促した。


 車がビルの角を曲がって陰に隠れると、急停車して、二人はあたふたと降り、小路の入り口で手を振っているユミの車に乗り込んだ。車は逆方向に走り出した。


 その間に竜太の運転するサファリカーが急発進し、敢えて直進した。マスコミの車が彼の車を発見する頃合を見計らって、左折や右折を繰り返してひたすら逃げ回った。


 その一方で金雄とナンシーは後悔していた。ユミの運転の乱暴さは、寿命を何年も縮めるかと思える程のものだったのだ。


「ねえっ! もう少し慎重に運転してよ。あ、危ないじゃないのっ!」

 かつては暴走族の一員だった事もあるナンシーだったが、まるでカーアクションさながらに飛ばして行くユミの運転にたまりかねて、思わず怒鳴った。


 乗用車の後部座席に乗った二人は前の座席に必死で掴まっていた。シートベルトをしているのにも拘らず、右に左に体が飛んで行ってしまいそうだった。金雄はもう限界で、しっかりと目を閉じていた。恐ろしくて目を開けていられないのだ。


「お願い、もっとゆっくり走って!」

「ガタガタうるさいわねっ! あんまり話し掛けると事故るわよっ!」

 ユミは哀願するナンシーの言葉を一喝した。ついにナンシーも目を瞑って運を天に任せた。


 飛ばした甲斐があったのか、それから間も無く目的地のサンドシティの北側の郊外にある佐伯ジムに着いた。本来なら早くても二十分掛る所を半分の十分で着いた事に、ユミは満足げだった。


「ヒャッホー! どんなもんだい!」

 反面、後ろに乗った二人はもうすっかりグロッキーだった。特に金雄は吐き気を催して、ユミにトイレの場所を聞くとジムの中に一目散に駆けて行った。


「あら、彼はどうしたの、ナンシーさん。確か彼は史上最強の男、エムの筈よね。車に酔ったのかしら?」

 車から降りたユミの態度に、ナンシーは驚いた。車中の彼女とはまるで別人の様にしとやかなのだ。


「か、彼は、乗り物に弱い所があるのよ。だからと言って史上最強である事に違いは無いのよ」

 ナンシーは何とかフォローした。自分の愛する男が弱々しい男に見られる事は、彼女にとって我慢のならないことだったのである。

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