ユミ(4)
「美穂さん救出の件なんだけど、少し時間が掛るの。彼女は身分証を持っていないから、多分誰かが監視していると思うんだけど、その特定に時間が掛ると言っていたわ」
「じゃ、じゃあ頼んでいてくれてたんだ」
「勿論よ。私の大切な、大切な人の大事なものを失う訳にはいかないわよ」
「ああ、ナンシー感謝するよ!」
金雄は感謝の印に濃厚なキスをした。ナンシーは嬉しかったがちょっと複雑な気分である。金雄にとって最も大切なのはやっぱり美穂なのだ、と思うと少し辛いものがあった。
「だけどあれだねナンシー、別にお風呂に一緒に入らなくても良かったんじゃないのか? 最初からこうすれば良いんだし」
「えへへへへ、金雄さんと一緒にお風呂に入りたかったのよ。こういう時でなきゃ、金雄さん一緒にお風呂に入ってくれないでしょう?」
「何だそうだったのか。俺はてっきり野次馬に質問攻めにあって頭が少し変になったと思ったよ。でもそれが芝居だったら、どうと言うことは無かったんだよね。一杯食わされたよ」
「心配した?」
「ああ、少しはな」
「本気で心配したんだ。嬉しい!」
ナンシーは金雄に抱き付いた。
「お、おい、今夜はもう寝るだけだからな。これ以上エッチは無いぞ」
「わ、分かっているわよ。……それでね浜岡の送って来た薬の成分なんだけど、一日分だけ持って行って調べて貰っているの。
調べるのに一日か二日掛りそうだと言っていたから、明後日あたりもう一度外出して聞いて来るわ。取敢えず一眠りして朝食を食べたら、薬を飲む振りをすれば良いわ。
多分興奮剤の類じゃないかって、安川君が言っていたから、少し何時もより派手目に動き回ればなんとか誤魔化せそうよ」
「君の特に熱烈なファンは安川君って言うのか」
「え、ええ。まだ大学生なんだけど、中学生の時に私の試合を見て以来の熱烈なファンなんですって。彼も格闘技をやっていたんだけど、結局強くなれなくて挫折したらしいの。それで私に憧れを抱いているらしいのよ」
「へえーっ、そういうものなのかな。でも彼は日本人なんだろう? どうしてオーストラリアにいる? ましてこのサンドシティに」
金雄は一応肯いたが、相手が協力的過ぎる事に少し疑問を感じたのである。
「彼は日本からオーストラリアに来ている留学生よ。そして熱烈な格闘技ファンでもあるの。その彼が格闘技の世界選手権を観戦する為に、一週間以上前からこの街に来ていてもおかしくは無いわ。
彼の友人も一緒に来ているし、彼等は有力選手、スパルクや、原田源次郎に会って話を聞いたり、サインを貰ったりしたいらしいのよ。そして今では是非貴方に会いたいとの事だったわ。会わせる約束で協力して貰ったのよ」
「あちゃーっ、そんな約束をしていたんだ。なんだか話がうま過ぎると思ったんだよ。何時何処で会わせる事にしたんだ?」
「貴方は今ではすっかり有名人だから、彼等の秘密のアジトに行って貰うわ」
「ひ、秘密のアジト?」
「ふふふふ、冗談よ。彼の友人で佐伯ユミっていう美少女のジムに行って貰いたいの」
ナンシーは意味有り気に笑いながら言った。
「美、美少女のジム?」
「へへへへ、ちょっと期待した?」
「こんな時に何度も冗談言うなよなっ」
「もう、そんなにムキにならなくても。でも本当に美人なのよ。ちょっかいとか出しちゃ駄目よ」
「出さないよ。それで、どういう事になるんだ?」
結局は嫉妬の先取りみたいなものだと、金雄は少し呆れながら話の続きを催促した。
「……本当は彼女のお父さんが経営しているジムなのよ。日本からこっちへ来てジムを経営して、最初は良かったんだけど、最近では経営が相当苦しいらしいのよ。
私達が昨日まで行っていた立派なジムに押されてね。それで今日から一月一日まで一日十万ピースで貸切にして貰ったんだけど、そこで良いかしら?
設備は少し古くてかなり落ちるけど、それでも一応リングもあるし、サンドバックなんかもあるから良いんじゃないかって思うんだけど」
「まあ練習さえ出来ればそれで良い。しかし野次馬が来ない様にこっそり行かないと不味いんじゃないか?」
「勿論よ。で、今考えたんだけど、いっそのことそのジムに寝泊りしない?」
「泊まれるのか?」
「簡素だけどそれなりの設備はあるらしいわ」
「食事はどうする?」
「大丈夫、ユミって子のお父さんは料理の腕はプロ級だそうだから。実際民宿みたいな事もした事があるらしいのよ。失敗したらしいけど」
「うーむ、なんだか少し不安だけど、一週間足らずだし何とでもなるだろう」
「じゃあ決まりね」
今後の方針がとんとん拍子に決った。