ユミ(2)
『ふうむ、何か様子が変だな。……しかしあの浜岡がプレゼントに栄養剤? 誰が飲むか、そんな物! しかし飲んだ振りはしなきゃ駄目か。それに効き目があった振りもしないと不味いかな?』
金雄は栄養剤の包みはそのままにして、近所の有料の高級トレーニングジムに練習に行った。気のせいかジムの周りに何時もより人が多かった。
午前中はさほどでもなかったのだが、カメラを持っている連中もかなりいる。
「オオッ! エム! エム!」
誰かがそう叫ぶと、じわじわと人が集まって来て、盛んにカメラで金雄を写し始めた。
『何だ? どうして俺なんかを撮る?』
分からないままにジムに入り個室に向かった。そこのジムにもムーンシティのトレーニングルームほど大きくはないが、個室のトレーニングルームがあった。
今年一杯を貸切にしている。誰にも練習を邪魔されたくなかったので、個室は重宝だった。十分に練習を積んで午後六時頃ジムを出た。
相変わらず写真等を撮る連中がいる。困ったのはホテルの外にも、更には中にさえも人が入り込んで来ている事だった。
『昨日のテレビの影響か?』
自室に逃げる様に入って、一息ついたが、
『やれやれ困ったな、これじゃ気が散ってしょうがないよ。ナンシーが帰って来たら、相談してみよう。野次馬が今日だけだと良いんだけど、明日もいるようなら、ホテルを変えた方が良いな』
金雄はつくづくテレビに出た事を後悔した。唯一良い点があるとすれば、怖がって誰も直ぐ側には寄って来ない事だった。そうでなければ揉みくちゃにされてしまうだろう。
『美穂はあの番組を見たかな? ナンシーが側にいるから妬いているかも知れないな。……それにしてもナンシーは遅いな。夕飯を一緒に食べようと思っていたんだけど、もう八時は過ぎているのにどうしたんだろう?』
金雄はナンシーが遅いので、仕方なく冷蔵庫からビールと摘みを出して食べ始めていた。午後九時を過ぎてやっとナンシーは帰って来た。しかも息を相当に切らしている。
「はあ、はあ、何なの一体! 群衆に捕まって、大変だったのよ!」
「ええっ! まだいたのか?」
野次馬連中のしつこさにちょっと呆れた。
「貴方が目当てらしいんだけど、私にどんどん質問して来て、断っても断ってもしつこく食い下がって来て、離してくれなかったのよ。お陰で一時間以上も遅れちゃったわ」
「それは災難だったな。俺は写真とかビデオとかで撮られるだけだったけど、ナンシーは質問攻めか。明日はどうなるんだろうね? ちょっと不安になって来たよ」
ナンシーも外に食事に行く事は諦めて、昨日の様にビールと摘みで乾杯にした。冷蔵庫には肉や魚の缶詰も入っているので、今夜はそれらで昨日よりは豪華な食卓にした。
しかし明日が大変である。こうなったら深夜にホテルを抜け出そうと言う事に話は決まった。フロントに話を通して、同じ系列の別のホテルに車で送って貰うことにした。
午前二時、二人はこっそりと明かりを点けずに部屋を出て、裏口から待たせてあったタクシーに乗り込んだ。サンドシティホテル本館へとタクシーは向かって行った。
十五分ほどで本館に着くと、早速部屋に案内して貰ったが、普通の部屋に二人一緒に泊まるのは金雄にとって美穂を除けばこれが初めての事だった。勿論ナンシーと深い関係になった今となっては、どうという事は無かったが。
本館はタワーホテルよりかなり小さかったが造りは豪華であった。急な事だったのでスイートルームではなく普通の部屋だったが、思ったより広く設備も良さそうなので一安心である。
ただトレーニングジムに行くのは止めざるを得ないようで、金雄にとってはその点が大いに気掛かりだった。練習を十分に積んでも、キングという難敵が控えているのだ。優勝は至難の業である。ましてそれが思う様に出来ないのでは論外だろう。
更にナンシーが意外な事を言い出した。
「ねえ、二人で一緒にお風呂に入らない?」
「こんな夜中にか?」
「ふふふふ、夜中だから一緒に入るのよ。二人で良い事をしましょうよ」
何時ものナンシーと違う様子に金雄は戸惑っていた。
「さあ、早く!」
金雄の戸惑いをよそに、ナンシーは手を引いて浴室に引っ張って行った。
「もう他人じゃないんだし良いでしょう、ねっ、ねっ!」
「まあ、それもそうだな」
金雄は仕方なくナンシーの調子に合わせた。ナンシーは直ぐに素っ裸になって浴室に入って行って金雄を呼んだ。
「ね〜え、レディをあんまり待たせるもんじゃないわよ〜」
相当甘えた口調で言った。