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ユミ(1)

 事件は深夜に起きた。金雄は誰かを抱いている夢を見ている気がしていた。しかしそれは夢ではなかった。ベットの中でナンシーを抱いていたのだ。


『しまった、どうしてナンシーがここにいるんだ!』

 何をどうしたのか、二人とも裸で抱き合っている。ナンシーはチャンスとばかりに猛烈に口を吸い体を密着させて来る。

『突き放すか? やってしまうか?』


 金雄は躊躇ったがここまで来て突き放すのは余りに残酷だと思った。金雄はとうとうナンシーを受け入れた。やがて行為が終ると、ナンシーは嬉し泣きに泣いた。


「うううっ、金雄さん、有難う。……御免なさい、美穂さんを裏切らせる事になって、本当に御免なさい」

「いや、遅かれ早かれこうなると思っていたよ。好きな女と一緒に暮らしているのだからね」

「私の事が好きなの?」

「ああ、俺は気が多いのかな?」

「そんな事は無いと思う。運命の悪戯いたずらだと思うわ」

「でも俺も嬉しかったよ。……さて、眠くなって来たから寝るよ。いいか?」

「うふふふ。私も寝ちゃおっと……」

 ナンシーは満ち足りていたが、金雄は幾ばくかの悲しみを感じていた。金雄がナンシーを受け入れた最大の理由は、十中八、九生きて美穂に再会出来そうも無いと思っていたからだった。だからこそ気を緩めていたし、それがナンシーに知らず知らずの内に伝わっていたのかも知れない。


「金雄さーん、起きて下さーい!」

 十二月二十六日の朝が来た。何時もの様にナンシーが起こしに来た。ちょっと違うのは、ナンシーがキスを求めて来たことだった。金雄はそれに躊躇わずに応えた。ナンシーは新品の下着を持って来ていた。


「じゃあこれを着て下さい。別に後ろを向かなくても良いわね」

「ま、まあね」

 本当は少し恥ずかしかったのだが、金雄は

「それっ!」

 と、気合を入れて跳ね起き、ナンシーの前で全裸のままで下着を着た。新婚夫婦みたいだった。


 その日の行動メニューも殆ど何時いつもと変わらなかったが、少し違うのは何時に無くナンシーが嬉しそうだった事だろう。しかし喜んでいられたのは午前中だけだった。


 最近の金雄とナンシーは午前と午後とに練習を分けて、お昼はホテルの中で休養していたのだが、そこへ小包が届いた。浜岡からナンシーに宛てた物だった。開けてみると栄養ドリンクや栄養剤が入っている。手紙が添えられていたので読んでみた。


 ナンシー君おめでとう! とうとう目的を達成したようだね。記念にと言っては何だが、エムに大会で頑張って優勝して貰うために、特製の栄養ドリンクと栄養剤を送る。一週間分あるから彼に必ず飲ませてくれたまえ。では健闘を祈る。

                         浜岡 敦


『何かある、絶対に何かある! どうしよう、監視されているとなると飲ませない訳には行かないし、飲ませたら何があるか分かったものじゃない。ああ、どうすればいいの!』

 苦悩は一気に頂点に登ってしまった。


 ナンシーは取敢えず説明書を読んだ。用法だけが簡単に書かれている。ドリンクは毎日一本。栄養剤は毎食後となっている。何時から始めろとは書いていないので、勝手に明日からと決めた。


『今日中に何とかしなければ!』

 ナンシーはとうとうかねてから考えていた計画を実行する事にした。バレれば死の制裁を受けるかも知れない。しかし薬品類が毒かも知れないのだ。


『即死する様な猛毒ではないと思うけど、遅効性の毒薬の可能性は十分にあるわね。とにかく今すぐやらなければ明日は無いわ。やるっ!』

 遂に浜岡に対する反逆を決意し実行する事にした。


「ナンシー、それは何だ?」

「浜岡、先生からの、プ、プレゼントよ。一週間分あるから、明日から、の、飲めば丁度良いわね。栄養剤だそうだけど、金雄さんには、ひ、必要ないのにねえ」

 金雄はナンシーの様子がおかしいことに気が付いた。必死になって飲むなと言っている様に思えるのだ。


「分かった。言う通りにするよ。さてそれじゃあぼちぼち午後の練習に行こうか」

「その事なんだけど、私、久々に買い物があるから、悪いんだけど今日だけ一人で練習してくれないかしら?」

「ああ、別に構わないよ。要領が分かったし、ゆっくり買い物をしてくれば良い」

「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うわね。夕方までには帰って来れると思うから、寂しいでしょうけど一人で頑張ってね」

「はははは、別に寂しくはないと思うけどな」

「ええっ! まさか私の他に彼女とかいるんじゃないでしょうね?」

「いや、それは無いだろう?」

「だろう?」

「いや、ありません」

「そうよね、ある筈無いわよね。じゃあね」

 ナンシーはろくすっぽ化粧もせずにあっという間に行ってしまった。

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