テレビ(8)
「彼は優勝は出来ないと思う。さっき初めてキングという男の姿を見たが、決勝に残って来る者は、彼だと思う。一番怖さを感じた」
二人は既に放送の内容に対するクレームは半ば諦めていた。それよりも大会に全力を挙げることと、何とか浜岡の魔手から逃れる方法が無いかと考えていたのである。
番組は更に続く。お約束のスペシャルゲストの登場である。
「それでは今大会の優勝候補のお一人です。有力な優勝候補と言って良いでしょう。さあーっ、どうぞ!」
司会者が大袈裟に叫ぶと、辺りが暗くなって、派手なテーマ音楽と共にスポットライトを浴びながら、少年の様な体型の男が、彼の為に作られた独特のコスチュームに身を包んで現れた。光速のスパルクである。
上はいわゆる道着、下はボクサーのようなやや丈の長いパンツである。上下ともかなり煌びやかな物だったが、彼は何時もそのスタイルで戦う。
後からやって来た通訳と共に現れた彼はどうやらスタジオに作られた簡易リングで大道ロボット屋の使っている、最新鋭のロボットと戦って見せるらしい。
先に何人かの男のゲスト達がやってみた。試合時間は一分と短かったが、もっと長くても同じだったろう。全くロボットを捕まえられなかった。投げる事も打撃を与える事も出来なかったのである。
元ヘビー級チャンピオンで、プロの格闘家でもあった岩井利信でさえも、一発のパンチも当てる事が出来なかった。実に俊敏である。
次にスパルクが挑戦した。さすがに『光速のスパルク』と言われるだけあって、強烈なパンチを何度も浴びせ、ロボットを逃さない。最後は蹴り技で横転させて、勝利した。僅か三十秒で倒すことが出来たのである。
「凄ーーーいっ!」
ゲスト達から大きな歓声と拍手が湧き起こった。
「エムに勝つ自信はありますか?」
外人の男性タレントが日本語で聞いた。女性の通訳が趣旨を伝えると即座に、
「トウゼンカチマス。イクラパワーガアッテモ、アタラナケレバ、スズシイカゼニスギナイ」
かなり英語訛りが強いがちゃんと日本語で答えた。
「ウワーッ、日本語が出来るんだ。そのスピードだったらエムなんてチョチョイのチョイですよね」
浮かれた感じで、女性のお笑いタレントが言った。
「『幾らパワーがあっても当らなければ涼しい風に過ぎない』という表現がいいですね」
司会者は大いに持ち上げた。
「さてコマーシャルの後はエムの極秘映像も交えて、いよいよ格闘シーンをお見せいたします。これはもう半端じゃありませんよ。スパルクさんとも一緒に見て、それからもう一度感想をお伺い致しましょう。それではコマーシャル!」
スパルクの動きをじっと見ていた金雄だったが、表情は余り変らなかった。
「ねえ、スパルクはどう? さすがに素早いわね、私でも捕まえられそうに無いわ」
「うーむ、驕ってはいけないが何とかなると思う。ただ俺の悪行については、ここでは触れないんだね。気を付けて見ているんだけど冗談で凶暴とは言ったけど、本当には一言も無いよ」
「ああ、そうねえ。そういうこともテレビの世界ではよくあるらしいわよ。訴訟になった場合の事も考えているのかしらね」
「と言うと?」
「つまり、番組の予告は別の人が勝手に作った事にするのよ。そして勝手に放映した事にする。追求されても知らなかったで押し通すのよ」
「成る程、責任逃れの方策を初めから考えに入れている訳か」
「そう。敵もさるものね。ビールでも飲んで憂さを晴らすしかないわね。金雄さん飲みましょうよ」
「ああ、仕方が無い。そうするか」
暫く立って見ていた金雄だったが、諦めて座って見る事にした。
「でも金雄さんビールの栓を指で開けられるのね。栓抜きなんて必要ないわね。今まで栓抜きを使っていたような気がしたけど?」
「はははは、そんな事をしたら怖がって皆逃げちゃうと思ってね。俺は人に怖がられる事が嫌いなんだよ」
「ふうん、人に怖がられて喜んでいる暴力団なんかと正反対の性格なのね」
「まあ、そんなところだな。さてコマーシャルも終ったようだし、俺の極秘映像とやらを見てみますか」
金雄はやや不機嫌そうに言い放った。顔のモザイクがどうにもムカつくのだ。
「先ず最初は、五人総掛りの映像です。とにかく凄いですから見てみましょう」
お昼ごろに撮った映像が、相変わらずモザイク付で放映された。まるで映画の殺陣のような感じでごつい感じの男達がぐるりとエムを取り囲み一斉に飛び掛って行った。
画面の右上にデジタル表示のストップウォッチが現れ、五人全員がノックアウトされるまでの時間を示した。五十秒三十三で全員が倒れ伏した。
「これって映画とかの殺陣じゃないんですよね?」
若い男のパワー系でもあるお笑いタレントが信じられないという目をして言った。