テレビ(7)
最初にエムを除いた選手達を淡々としかも足早に紹介して行った。
「天空会館から優勝候補筆頭の原田源次郎が出場します。彼は……」
選手の日頃の練習風景や、過去の戦績等を有力選手は一分、その他の選手は二十秒で紹介していった。
「強そう! でも本当は弱そう!」
「顔が怖い!」
「太り過ぎ!」
お笑い系のゲストがそう言うと、
「彼は弱くは無いです。強そうでいて本当に強い」
「彼は知らないですね。ただ目付きが尋常じゃありません。ひょっとすればダークホースになるかも知れませんよ」
「これで意外と素早いんですよ。百メートルを十二秒位で走るんですからね」
などと元プロ格闘家が真面目にコメントを返す。
そういう形式で十五人の紹介が終ると司会者が、
「今日はスペシャルゲストをお呼びしています。番組の後半に出演致しますので、ご期待下さい」
番組の後半に名前を明かさずにゲストを出演させるのは、視聴率稼ぎの常套手段である。そう締めくくっておいてコマーシャルになった。次からはいよいよエムの紹介である。
「さて、お待たせ致しました。今大会の最大の目玉が、エムと呼ばれる男です。余りに凶暴なので普段は鎖に繋がれて、檻に入れられている、というのは冗談ですが、格闘技の世界では今や伝説の様になっている、エム、一応日本名で小森金雄と名乗っていますが本名ではないようです。
その男がどれ程のものか元世界ヘビー級チャンピオンの岩井さんにお聞きします。彼は噂通りに強いんですか、それとも単に噂だけなんですか?」
「いやーっ、お目に掛った事は無いんですよ。ですから私も楽しみにしているんです。彼の闘っている所とかの映像を見せて貰えるんですよね。コメントは見てからにしたいですね」
「それでは早速見て頂きましょう。先ずは空中レンガ割から!」
金雄の二個連続の空中レンガ割りの映像が映し出された。しかし顔にまるで犯罪者の様にモザイクが掛っている。テレビを見ていた金雄もナンシーも顔をしかめた。
「これは凄い! 凄過ぎる!」
元プロの格闘家岩井が思わず叫んだ。彼の顔が大写しになる。
「そんなに凄いんですか?」
ゲストのお笑い系の女性タレントが半信半疑で聞く。
「これは出来ないですよ。一個なら私にも出来ます。しかし二個は難しい。というより出来ません」
「そんなものなんだ。これはトリックじゃないですよね?」
日本語がぺらぺらの外人男性タレントが司会者に聞く。
「勿論本物です。テレビを見ている人は余り簡単に壊れるんで、誰でもちょっと練習すれば出来ると思わないで下さいよ。手の方が壊れますから」
「あははは、幾らなんでも真似する人は無いでしょうよ。実際にレンガを手に持ってみれば分かりますが、ズシリと重く非常に固いですからね。
空中で割るどころか固定した状態で割ることだって楽じゃないですよ。かく言う私も多少はやれますが、危うく骨を折りそうになった事がありますからね。素人の皆さん、危険ですから絶対に真似はしないで下さいね。さあて、お次は何ですか?」
ゲストの若い男性のお笑いタレントが独特の口調で急かせた。彼はお笑い系ではあるが、同時に格闘技や各種の陸上競技などにも参加している、パワー系のタレントでもあった。
「それでは次にバットの三本纏め折り。一本の矢は折れても三本の矢は折れないと言いますよね。しかし彼にはその格言は通用しない。それでは行ってみましょう、どうぞ!」
バットを一本だけ逆向きにして、両端をきつく縛ったものをスタッフが二人で両側からしっかりと持つ。相変わらず顔にモザイクをしたエムが小さな気合一つで、蹴り上げ造作も無くへし折る。
「ウアアーッ! これも凄い! 俺も二本纏めて折った事があるけど、この人まだ余裕があるよ。こりゃもう化け物ですね」
その後瓦の二十枚割、ビール瓶の素手での栓抜き等が次々に紹介されて行く。ビール瓶の素手での栓抜きにはゲストの岩井も挑戦し、見事にやってのけたが、スピードが違っていた。
岩井の場合は数秒掛ったが、エムは一秒未満だった。それでも岩井の頑張りにスタジオ内は大いに沸いた。しかしコマーシャル前の締めくくりに行われた、サンドバックの一撃蹴破りの映像にスタジオ内は沈黙してしまった。
「な、何よこれ! これじゃあ対戦相手が死んじゃうよ!」
お笑い系の女性タレントがヒステリックにそう叫んだ所でコマーシャルタイムに入った。
「どうして俺の顔にモザイクが掛るんだ。俺は犯罪者か?」
「視聴率を稼ぐ為の演出なんでしょうね。金雄さんは別に指名手配されている訳でもなんでもないんだから、このモザイクが演出だと分かってくれると良いんだけど……」
「どうしようもないか。ところでスペシャルゲストって誰だろうね?」
「さあ……、私にはそれよりも原田源次郎という人が気に掛るわね。アジア北部地区予選の優勝者と言えば本戦で例年優勝か準優勝しているのよ。さっき優勝候補の筆頭と言ってたけどあれは伊達ではないわ」
かなりの確信を持って言った。