テレビ(5)
「それでは、エムさん、今年の大会に対する抱負をお聞かせ下さい。勿論狙うのは優勝ですよね?」
「それは当然でしょう。格闘技をやる者の目指すものと言えば、やはり頂点に立つ事ですから」
「私、格闘技は余り詳しくないのですが、やはり日頃の練習が大切だと思います。その心得の様なものが御座いましたら、お聞かせ下さいませんか」
「一に練習、二に練習ですが、しかし賢い練習というのも必要だと思いますよ。無駄な練習や、怪我をする練習では不味いですから」
「成る程、賢い練習ですか。それではその賢い練習の成果を少し見せて頂きましょう」
約束したレンガの空中連続割りに金雄は挑戦した。破片が飛び散るので、試技者は破片が目に入らない様に特製のゴーグルをして、またその他のスタッフは、やや離れた位置からの撮影及び見学となった。
金雄の前に、後で金雄と試合をする予定のスタッフの何人かが試みた。皆相当腕の立つ者ばかりだったが、一個は割れても、二個目がどうしても割れなかった。
金雄の番になった。無造作に二個同時に放り投げ、両方の拳であっけなく粉砕した。更に一個は拳でもう一個は足で砕いた。その後で今度は二個とも足で粉砕して見せた。
放り投げたレンガを足で砕く事は非常に難しく、
「ば、化け物だ!」
スタッフの中の格闘家の何人かが思わずそう呟いた程である。彼等の緊張感の意味がナンシーにも漸く分かって来た。
『この人達は小森金雄という格闘家ではなく、とてつもない強者と噂のあるエムを取材しに来たのだ。だから皆さん戦々恐々(せんせんきょうきょう)としているのだわ。そしてやっぱり恐ろしく強いと確信し始めている。でも何だかちょっと変だわね?』
ナンシーの勘繰りをよそに撮影はどんどん続けられて行く。バットの三本まとめ折りや、瓦の二十枚割、ビールの指での栓抜き等を見せた後、いよいよ模範試合になった。
格闘家五人の総掛りを制限時間五分で始めた。僅か一分で全員がノックアウトされた。試合後、静江アナウンサーのインタビューに答えた金雄の言葉はテレビ局側のスタッフ達の度肝を抜いた。
「い、いや、す、凄いですわね。でもさすがに五人相手ではお疲れでしょう?」
「ええ、疲れました。大怪我をしない様にするのに相当注意深く攻撃しましたからね。ふうっ!」
「ええっ! じゃ、じゃあ手加減するのに疲れたという事なんですか?」
まさかと言う表情だった。
「ああ、済みません。それは言うべきじゃありませんでしたね。今のは撤回します。これはカットして下さい」
「それは、私の一存ではなんとも。と、とにかく噂通りですね」
インタビューしている静江アナウンサーの声は心なしか震えていた。必死になって恐怖心を隠していたのである。
「あのう、俺が怖いですか?」
「……、い、いいえ。そ、そんなことは、あ、ありません、うううっ」
静江はもう泣き出しそうだった。エムの噂をまともに信じているのだろう。
暴行した女性を何十人も引き千切って殺し、更にその肉を食らったという噂まで流れていたのだ。凄いという噂は大袈裟に、巡り巡って更に大袈裟に伝わるものである。こうなってしまうと、笑って見せても怖がられる。金雄は対処に困って、後はナンシーに任せる事にした。
「ナンシー、こちらのお嬢さんが怯えていらっしゃるので、ちょっと頼むよ!」
「はーい!」
ナンシーは陽気に答えた。直ぐ走って来て、肩を抱きかかえる様にしてバスの中へ連れて行った。バスの中でエムについての本当の事を話して聞かせている様である。
金雄はチーフの柴田と話をした。
「もうそろそろ良いんじゃないんですか。静江さんとかいうアナウンサーの人がすっかり怯えてしまっているようだし。スタッフの人達も、気絶した人達の介抱で忙しそうですし」
「あのう最後に一つだけお願い出来ますか?」
「何でしょう?」
「一応新品のサンドバックも持って来たんですが、これの蹴破りに挑戦して貰えませんか?」
「うーん、それは上手く行くかどうか。やった事が無いし余り自信がないんですが」
「是非お願いします。別に一発でなくても、時間の許す限りやればきっと破れますよ。一発でそれが出来たのは、史上唯一人、前世紀最大の格闘家と言われた天の川光太郎の全盛期だけだったと聞いておりますが」
「そうですか、それじゃあやってみましょう」
柴田の指令で組み立て式の台に、サンドバックが吊り下げられた。そもそもサンドバックは蹴破れない様に出来ている。
それを蹴破れと言うのは全く持って無茶な話なのだが、過去にやった人間がいるとなると、金雄にも挑戦意欲が俄然湧いて来た。
「それではエムさん、お願いします!」
カメラが回り、周囲に緊張感が走る。金雄は一度天を仰ぎ、それからゆっくりとサンドバックの前に立った。