逆カルチャーショック(1)
「計算は間違っていないと思うけど?」
「そこが素人の浅はかさって言う奴よ。二日に一人位は勝つ奴が居るの。つまり月十五万持って行かれるから残りは三十五万。
でも雨降りの日も有るし、雨が降らなくてもやたら暗い時も有るのよ。そういう時は店を開けられないからせいぜい月二十万位しか儲けは無いわね。
それからロボットは高性能の燃料電池で動くからその電池代も馬鹿にならないわ。ただこれはロボットのリース代にある程度組み込まれているから、そんなに高くは無いけど何万ピースの単位ね」
「それじゃあ月収十六、七万位なんですか? でもこのトラックは新車でしょう、無理してるんじゃないんですか?」
美穂はまた笑いながら否定した。
「ふふふふ、さっき言ったのは一般論よ。私の場合はお客が多くてね、ひょっとして私が美人だからかな、なんて思ってるんだけど、一日に四十人位のお客があるのよ。それに弱い人が多くてね、めったに勝つ奴がいないから他の人の倍は儲けてるわね」
「美、美人だからお客が多いんですか?」
「他に何か理由があると思う?」
「……うっ、な、ないです」
「分かれば宜しい。それにしても今日は良く雨が降るわね。ああ、でも見えて来たわ。左の前の方」
美穂の言う通り左前方に、平屋のかなり大きな郊外型のレストランが現れた。夕方の食事時のせいか出入り口付近の駐車場は満杯である。そもそもトラックやバスの停車出来る駐車場は出入り口から離れた所にある。
「こういう時は大きな車が不便なんだよ。でもそういう事もあろうかと、ちゃんと傘は支度してあるのよね」
出入り口から六、七十メートル程離れた大型車専用の駐車場に、美穂はトラックを止めた。それから準備してあった傘を差して、金雄と相合傘でレストランの出入り口に向かった。
「これが傘というやつですか。ふーん……」
金雄は感心した様に傘の内部構造を繁々(しげしげ)と見ながら歩いていた。
「か、傘を差したことが無いの?」
美穂の普通とは違うカルチャーショック、しいて言えば逆カルチャーショックが始まったのはその時からだった。
「え、ええ。生まれて初めてです」
「えーっ! …………」
美穂は言葉を失った。二十才は過ぎているであろう青年が、これまで一度も傘を差した事が無い事など有りうるだろうか。
「冗談言っている訳じゃないよね?」
「勿論です」
金雄の目は嘘を付いていなかった。
二人はそこでレストランに入った。傘立てに傘を差して中に入ると、
「いらっしゃい、美穂さん。まあ、素敵な彼氏ねーっ!」
ウェートレスが親しげに話し掛けて来た。
「彼氏なんかじゃないの。何と言うか、とっても恩のある、困っていた時に助けて貰った人なのよ。で、今日は私の奢りで御礼をする積りなの」
「なーるほど、よーく分かったわ。それじゃあ何時もの部屋へどうぞ。ちゃんと空けてありますから、美穂さんが案内して差し上げれば良いと思うわ、ふふっ!」
ウェートレスは意味ありげな言い方をして、くすっと笑った。
「もう、そんなんじゃないんだって。後、二度と会わないかも知れないんですからね。今夜のチャンスを逃したらお礼の仕様が無いのよ。それでは私の気が済まないの」
「ふふっ、部屋に入りましたら、用事の有る時はボタンを押して下さい。それまではお邪魔はしませんから」
「ああーっ、駄目だこりゃ。分かりました。ボタンを押したら遠慮なんかしないで直ぐに来てよね。もうこっちはお腹がペコペコなんだから。
金雄さんもお腹が空いてるでしょう? ああ、お酒の方が良いのかな? とにかく部屋に行きましょう。こっちへどうぞ」
美穂は如何にも慣れた様子で金雄を案内した。
店は客で満杯状態だった。通路を歩いていてちょっと気に掛ったのは、一人の客が従業員と揉めている事である。
「お客様、当店は禁煙で御座います。おタバコはご遠慮願えないでしょうか?」
男の従業員が、しきりに頭を下げている。
「何処に禁煙って書いてあるんだよ。おめえじゃ話にならねえ。店長を呼べ、店長を!」
男が大声を張り上げたのでそのテーブルの周囲はしんとしてしまった。相当ごつい体の男である。金雄は立ち止まって見ていた。
「ふふふ、大丈夫よ。たまにああいう輩が来るけど、ここを何処だと思っているのかしらね。天空会館、北中山シティ支部長の経営している店なのよ」
「天空会館!」
「どうかしたの?」
「いや、天空会館と言えば有名だからちょっとビックリしたんだよ。レストランも経営しているのかなってね」
「ご時世と言う奴ね。天空会館、北中山シティ支部と言えば聞こえは良いけど、経営は決して楽じゃないらしいのよね。
この他に学習塾とかもあるのよ。余り大きな声じゃ言えないけど、本部への上納金が高額だから、何処の支部も大変らしいのよ」
「へえーっ、そうなんだ……」
金雄は感心した様に頷いた。