テレビ(4)
テレビの録画取りの撮影に備えての金雄の道着は、どの会派にも属していない事もあって、市販されている一般的なものにした。最近流行の丈の短い体の線がある程度分かる奴である。
基本的には柔道着や空手着の流れを汲んでいて、南国格闘会館の道着にも似ているのだが、テレビ局側からの要望で帯の色は当然の様に黒になった。無論ナンシーがサンドシティのスポーツ店から入手したのである。
午前十時少し前、道着姿の金雄とカジュアルっぽいスポーティな服装のナンシーは、タクシーを使って郊外にあるサンドシティ公園に向かった。
午前十時半から一時間ほどテレビの録画取りに出演し、今日の午後八時からのゴールデンタイムに放送するのだそうである。
しかも衛星放送で全世界に流されるとの事だった。タクシーの中で二人は運転手が外国人である事を良い事(?)に好き勝手な話をした。
「しかしナンシーが元気になってほっとしたよ。ずっとあのままじゃ、どうしようかと思った」
「本当はずっとあのままにしていようかとも思ったのよ。金雄さんが優しくキスしてくれたし、えへへへへ」
「おいおい、こっちの身にもなってくれよな。お陰でこっちは三日間寝込んだんだからな」
「まあ、あれは、私のせいなの?」
「ああ、元気なだけが取柄のナンシーが落ち込んじゃったのでちょっとショックでね」
「でも私に全身を撫でられて気持ち良かったでしょう?」
「おーい! 薬を塗ってくれただけだろう、決して愛撫なんかじゃないじゃないか!」
「あら、薬を塗るだけじゃなくて愛撫して欲しかったの?」
「くそう、怪我をして寝込んでいた人の弱みに付け込んで言いたい放題だな」
「へへへへ、私を抱いてくれない腹いせに、うんと誤解される様な事を言ってやる!」
「お二人さん仲が良いんですね。着きましたよ、サンドシティ公園に」
「ええっ! 日本語が分かるの?」
金雄もナンシーも殆ど同じ事を言った。全部知られてしまったのだ。二人は恥ずかしさで真っ赤になりながら慌ててタクシーを降りた。
暫く無言で金雄は準備運動などをしてテレビ局の人達の到着を待った。ナンシーの交渉で金雄のパワーを見せる為のレンガはテレビ局の方で持って来ることになっている。
撮影場所が公園になったのはレンガの破片が飛び散るので、当初予定していたジムの中を止めて急遽公園にしたのである。
勿論雨の場合はジムで行う事になるのだが、幸いにも今日は朝から実に良い天気だった。十二月下旬のオーストラリアは真夏である。
気温が少々高過ぎる様に思われたが湿度が低いせいか、日本の夏の様に蒸し暑くはなく、時折吹いて来る風の影響もあって、むしろ爽やかな位だった。
十時少し過ぎにテレビ局の大型バスが一台やって来た。スタッフの数も数十人いる。主要メンバーは日本人のようで、言葉の方は大丈夫らしく金雄はほっとした。しかし少し物々しいと感じた。
「たった三分の放映に随分大袈裟だな。二、三人で来るのかと思ったけど……」
「でも、聞いた事があるわよ、何時間も撮影して、放映は結局たった十秒だったなんてね。私も良く知らないけど、こんなものなんじゃないの」
撮影隊のスタッフは何故か皆、非常に厳しい表情をしていた。一般の人が入って来ない様に広くロープが張られ、スタッフ同士で綿密な打ち合わせをしている。
「お早う御座います。いや、こんなに早く来ておられるとは思いませんでしたので、お待たせして申し訳御座いません。私、チーフの柴田と申します。宜しく」
柴田はナンシーと金雄の二人に握手をした。それから撮影の手順を説明した。
「放映時間はさほど長くは無いのですが、良いものにする為には、かなり余分に撮って置きませんと。先ずインタビューを少ししてから、実演に入って頂きます。レンガの他に、瓦や、木製のバットも用意しました。
ビール瓶も御座いますので。それからスタッフの中に格闘技の心得のある者も何人かいますので、模範試合などもしていただけると有難いのですが」
「ああ、そうですか。俺はてっきり、レンガを割って見せてお終いだと思っていたんですが。良いですよ。お任せします」
「有難う御座います。先ずはインタビューからなんですが、うちの女性アナウンサーの山川静江が担当になっております。
そこそこ勉強はして来たと思うのですが、何分格闘技に関してはずぶの素人ですので、そこのところ宜しくお願い致します」
「はい、分かりました」
相当緊張した面持ちで紹介された女性アナウンサーはやって来た。若いかなり美人のアナウンサーである。
「あのう、小森金雄さん、エムとお呼びして宜しいのでしょうか?」
「いや、それはちょっと、……」
金雄は面食らった。しかし浜岡から自分がエムである事をなるべく言う様に言われているのだから、否定する訳にも行かないと思い直した。
「……えっ、ええ、良いですよ」
一般人からエムと呼ばれたのは恐らくこれが初めてだろう。何か嫌な予感がしたが、少なくとも目の前にいる女性アナウンサーには罪は無さそうである。